あなたの記憶は、大きな意味を持っている。
あなた自身が気づいているように
その物語は、今回の災厄と
大きく関連している可能性が高い。
本当でしょうか……。
今から私が語るのは、ひとりの研究者と
そして、一介の母子の物語にすぎません。
この物語を語ることで
ただでさえ絶望の淵に沈んでいる世の人々に
さらなる混乱を与えてしまうかもしれません。
あなたの語る物語を記した書類は
決して外に出ないよう、深く封印するつもりです。
いつか心ある人によって発掘され
それが読まれる時……
物語はすでに、神話となっていることでしょう。
我々にはそれらを保持する義務があります。
物語こそ、こそ人の生きた証なのですから。
さあ、語ってください。
あなたの記憶に刻まれた物語を……。 |
それは、膨大な力を秘めて生まれたとは思えない
小さな子供でした。
その力が育つまで、国が面倒を見るはずでしたが
私たちは、その子を引き取り
自分の子供のように育てることを決めました。
あの無垢な瞳を前に、他の選択肢が取りえたでしょうか。
私たちの子ではなく、国の持ち物だということは
痛いほどよくわかっていました。
いつか奪われてしまうことも、その意味も。
夫は与えられた仕事に疑問を抱いているようでした。
今まで彼が発明した、浮遊石や飛空挺……
それらは人々の生活を豊かにするものでしたが
あの子は違います。戦争の道具なのです。
しかし、災いはすぐそこまで迫っていました。
隣国による、召喚獣やオメガと呼ばれる兵器に
対抗する手段は他になかったのです。
彼は、私たちの平和を守るため
研究を続けなければならなかったのです。
|
言葉を覚え始めていたあの子は
私たちと意思を交わそうと、懸命に言葉を繋いでくれました。
私をママ、彼をパパと呼び
愛することに少しの疑問も抱いていなかった。
あの子は、私たちに笑顔を与えてくれました。
戦争に怯えていた私たちに
つかの間の幸せを与えてくれたのです。
ですが、それはすぐに終わりを迎えます。
戦争が……ついに始まってしまったのです。
あの子は私たちの元から隔離されました。
軍は、早々と決着をつけるため
あの子の投入を決定したのです。 |
あの子は大きく成長を遂げ
兵器として申し分ない力を備えていたようです。
でも、軍の命令どおりには動かなかった。
国からやってきた使者に、私は身柄を拘束されました。
「育ての親である私の命令ならば……」
そう思った軍は、私に頼ることを決めたようです。
結果、あの子は隣国を滅ぼすこととなります。
業火が家々を焼き尽くし
召喚獣やオメガは、あの子の力で封印され……。
それはまるで、地獄のような風景でした。
……そうするより他になかったのです。
もし兵器として役に立たなければ、処分する。
そう聞かされた私は、あの子を救うため
軍の命令を、受け入れました。
たとえどんなに多くの人を不幸へ陥れようとも
私は、あの子を救いたかったのです。 |
二度目の出撃を、私は拒否し続けました。
結局、私と夫は反逆者の汚名を着せられ
地下深くに幽閉されてしまいました。
罪なき多くの人の命を奪ってしまったことで
悲嘆に暮れていた私は
軍が始めていたもうひとつの研究の話を
聞きつけました。
それは、似姿を創りだす研究……。
あの子を意のままに操るため、私のコピーを生みだし
国は再び惨劇を繰り返すつもりだったのです。
あの子の力が、そこまでして得る価値のあるほど
強大なものだった、ということなのでしょう。
でも、納得がいきませんでした。
創られた命とはいえ、命に変わりはありません。
あの子だけが、なぜ不幸にならねばならないのか
なぜ破壊を繰り返さねばならないのか……。
研究の完成まで、時間はありませんでした。
私は、ひとつの行動を起こすことを決意したのです。 |
私たちが幽閉されている牢獄は
多くの魔物が徘徊する洞穴でした。
私は魔物の習性を研究し、利用することで
夫と共に、脱獄に成功しました。
そして逃亡を続けながら
あの子がいるはずの研究所へと駆け付けたのです。
そこにいたのは、私によく似た研究途中の素材と
変わり果てたあの子の姿でした。
あの子は、見違えるほど痩せこけていました。
虚ろな瞳の奥にうっすらと
憎しみの色が浮かんでいました。
多くを説明することはできませんでした。
私は状況を簡単に説明し、共に逃げるよう促しました。 |
あの子を連れ、夫と共に逃げ出そうとした
その時でした。
私は兵に見つかり、銃弾を受けてしまったのです。
その時、あの子の悲しい叫びを
遠くで聞いた気がしました。
それと同時に、私の心に
ひとつの悪い予感が膨れ上がってきました。
あの瞳の奥底に浮かんだ、憎しみの色……。
予感は的中しました。
あの子の前に、小さな時空の歪みが生まれると、
やがて歪みは、全てを飲み込み始めました。
闇は異様なほどの大きさに膨れ上がり……。
そこで私は意識を失いました。
次に目が覚めたとき、そこにあったのは
壊れ果てた研究所の姿だけ。
あの子と夫の姿は、どこにもありませんでした。 |
もともと我々は儀式によって
記憶を引き継いでいく一族の生まれでした。
夫の高い知識と技術力も、その特性によるものだったのです。
私は、逃走の際に利用するはずだった転送装置を使い
一族の元へ戻ることを決意しました。
このまま私が死んだとしても
この記憶は、引き継がれるべきだと思ったからです。
たどり着いた森の中、鷹の翼と呼ばれる街で
一族は、いまだ平穏を保っていました。
突如、この世界に現れた闇から逃れるべく
一族は彼の残した浮遊石を使い
街そのものを、天高く浮かべようとしていたのです。
私が事情を話すと、彼らはすぐに
すべてを理解してくれました。
そしてそのまま、記憶継承の儀式が始まりました……。 |
それが、あなたの受け継いできた記憶のすべてですね?
はい。
記憶を伝える術は失われつつあります。
これ以上、永きにわたってこの記憶を保存するためには
書物として残すより他に、方法はないと思ったのです。
今、世界を混乱に陥れようとしている四体のカオスと
あなたが語ったこの物語に、関連性はあるとお思いですか?
それは私にもわかりません。
しかし、物語の鍵となる場所が
いくつか重なっているのが気になります。
記憶の中にある、時空に亀裂が走った場所。
そして、四体のカオスが住まう場所……。
それぞれが、記憶の中の情景と
一致しているのですから。 |
なるほど、ありがとうございました。
あなたのお話は記録として
必ずや我々が受け継いでいきましょう。
……ルカーン、最後は逆に、
私からひとつ質問をしてもよろしいでしょうか。
あなたの予言した、光の戦士……
世界をこの災厄から救う
クリスタルを手にした戦士は、本当に現れるのでしょうか。
自分は予言者と呼ばれてはいますが、本来は歴史学者です。
歴史は収束する。
その兆しを、彼方の世界からほのかに感じるのです。
光の戦士は、必ず現れます。
そして、この世界を・・・・・・
いや、世界の人々を負の輪廻から
解放してくれることでしょう。 |