闇との戦いを始めて約十日、クリスタルは遂にエヌオーの居場所を掴んだ。場所はこの世界に出現した無の中心部。
クリスタルはその場所に、一つだけある不審な人間のマナを感じたため、
その者と干渉して見た所、クリスタルに自身がエヌオーであることを認めたのである。
無が出現し、無の魔物を全て倒された後、エヌオーは無の世界に移ったようだ。
まるで、自分自身の居場所を態と悟らせるかのように。
エヌオーの居場所を知った各国の王はすぐさま打倒エヌオーの騎士団編成を行った。
どうやら、無の世界からエヌオー自身が召喚した魔物共がひしめいているらしく、その数は一国の騎士団全てを召集した数に匹敵するらしい。
そのために光の戦士のみが単身で無の世界に行くことは極めて危険であり、光の戦士はエヌオーのみを目指し、
その他の魔物は世界から召集した騎士団が引きつける作戦を立てたのである。
ウォータスは聖騎士団、弓兵団共に代表する部隊長が単身戦っていたのを歯痒く思っていたらしく、
編成の際は団員全てが名乗りを上げた。他にも力ある者は王から直々に指名され、近衛騎士団等からも何人か志望者が名乗り出た。
合わせて約三千の兵力がウォータスから出ることとなったであろう。
シルフィードからは当然、勇猛たる竜騎士団が全員この時を待っていたかのように打倒エヌオーに立ち上がった。
また、竜騎士団に習い黒魔道士団、白魔道士団を宮廷魔術師であるサステスが率いることとなった。
師の死を知ったサステスとしては弔い合戦と言っても良い。他の部隊と合わせれば約二千の兵力となる。
そして、勇気を司り、また尊敬たる部隊長を失った二部隊を抱えるフレイアはまさに弔い合戦の戦支度をしていた。
侍部隊、暗黒騎士団、忍者部隊や近衛騎士団。数々の戦士という戦士がこの戦いに志願した。その数、約一万。
間違いなく、この戦いで最も多い兵力を投入した国となる。
最後に全ての光の戦士を失ったグランゼル王国。
元々、戦闘を得意とした者はおらず、またツインタニアにより国の約半分が塵と化した王国には生存した人間の数さえ乏しかった。
だが、光の戦士の戦いぶりから、生きる希望と勇気をもらい受けた国民は力無くとも、我も我もと立ち上がったのだった。
グランゼル騎士団も当然ながらほぼ全員が出兵したが、殆どが民間人で構成された義勇軍となった。
数は約八千人、戦い当日になればもっと志願する者も現れるかも知れない。
総合すれば、約二万三千の兵力が集ったこととなったのだ。
クリスタルの情報から基づくと、その数は魔物の数の四倍近い。
数では勝っているが、相手にはベヒーモスやキメラといった、高等魔獣がほぼ占めており、やはり苦戦は免れないと思われた。
 
「明日が決戦か・・・。」
休憩時にはよく来る、城壁の上でレインは静かに呟いた。
既に闇が空を支配し、煌めく星と淡く光を放つ満月が優しく夜空を照らしていた。秋深まるこの季節の夜は流石に肌寒く感じる。
決戦は明日。しかも約二万の兵はここウォータスに集結されていた。
何故なら、無の世界がここウォータスが最も近き国のためであり、被害もまた最小限に止められた国が故に決定されたのだ。
そのため城壁の下では、英気を養うかのように様々な国から来た騎士、戦士達が薪を囲いながら共に酒を飲み、語り合っていた。
笑い声が絶え間なく続き、歌い出したりする者すらいた。
それを上から見下ろしつつ、今宵は盛大に盛り上がるであろうとレインは確信していた。
共に騒げばよいのだろうが、親友の死からまだ立ち直らないレインは気が滅入り、とてもではないがその気にはなれなかった。
「レイン・・・。」
しばらく、その情景に目をやっていると不意に声がかかった。
レインは声のかかった闇に目を凝らす、そしてゆっくりと闇夜からその姿を現した。
「サフ・・・。」
レインもサフと同じような口調で、静かに現れた幼なじみに声をかけた。
「眠れなくて・・・、レインもそうかな・・って。」
優しく微笑みながら隣に座り込むサフには、いつもの明るさはなかった。明日の戦いの緊張からではないであろう、恐らく理由は自分と同じと思った。
「サースアイのことか？」
短く、呟くようにサフに訊ねる。サフもまた虚空に目をしばらくやってから、軽く頷いた。
悲しみに囚われるのは当然であった。親友でしかも幼なじみの死である、自分も同じ心境のため深くサフの心の痛みが分かっていた。
同時にいつも勝ち気な彼女の悲しみに打ち拉がれている姿を見ると、優しく抱きしめてやりたいと強く思い始めた。
だが、心がそう思ったときには自分の腕がサフの小さな肩を抱いていた。自分でもよく分からない。
サフの突然のことで、一瞬肩をビクッとさせたがレインの優しさに触れようとするかのように、ゆっくりとサフはレインに身体を傾けた。
「ゴメンね、明日決戦だというのにこんな弱気で・・・。」
震える声でサフは言う。夜の闇でサフの表情をはっきりと確認できないが、泣いているようだった。
「しょうがないさ、俺だって正直悲しみから解き放されていない。だけど、この悲しみを乗り越えなければサースアイには申し訳がたたないと思う。」
「でも、なかなかその束縛から離れることは出来ない。俺達の絆はそんなに柔なものじゃない・・・。」
レインは歯を食いしばりながら、再び友の死を痛く感じる。何もできなかった自分の不甲斐なさも同時に彼を苦しめた。
瞼に涙さえ浮かべた。
サフも自分の肩を抱いているレインの手に力が入ってきたことに、レインの悲しみの大きさも実感させられた。
サフはその悲しみを優しく包むかのように、レインの胴に腕を回し、その鍛えられた胸板に顔を埋めた。
「ゴメン、レインも苦しいよね、悲しいよね。自分のことばかり考えて・・・、本当にゴメン・・・。」
レインに抱きつきながら、サフはひたすら謝り泣いた。
そんなサフにレインも悲しみを共有するかのようにサフを力一杯抱きしめた。
しばらく、二人は抱きしめ合い、沈黙した。
そして、心落ち着いたレインは静かに言い始める。
「悲しみを永遠の絆として、俺は戦いに挑もうと思う。」
その言葉を聞いたサフは、レインの身体からゆっくりと離れコクリと頷く。
「悲しみを乗り越えるんじゃなくて、永遠の絆として受け止める。そして、サースアイが命を賭して守ったサフとの絆も強く認識して挑もうと思うんだ。」
「だから、命尽きようともサフを守り通すとこの剣に誓おう！」
レインは立ち上がり、鞘から剣を抜き去りながら真剣な眼差しで言う。抜き去った刀身は月の光を反射し、自らの美しさを讃えていた。
「命尽きようとも！は余計ですよ、我が騎士殿！！」
目に涙を浮かべながらも、サフは微笑みながらそう指摘した。
いつものサフの言動にレイン自身も元気付けられつつも、サフの言葉に苦笑いをする。
「肝に銘じておきます、宮廷魔術師殿。」
レインは皮肉った言葉遣いで畏まる素振りを見せる。
「じゃ、しっかり守ってね。レイン！！」
締めくくるかのように、元気にサフは言い放つとレインの背を平手で強く打つ。
レインも予想ざるサフの行動に背をさすりながら、文句を二、三度言う。
だが、サフは何も聞いていないかのように立ち去ろうとし、
それを見たレインは再び不満の声を投げかけようかと思ったが、諦め「お休み。」と一言だけサフの背中に言った。
サフも背を向け、手を振りながら「はい、お休みなさい。」と軽めな返答した。
（有り難う、レイン。）
しかし、サフはその言葉に添えるかのように、心の中でそう呟いたのだった。
 
一方その頃、ファルは自室に籠もっていた。
だが、師への悲しみの故塞ぎ込んでいるわけではない、師の残した魔術書を懸命に自分の物にしようと日夜、解読または魔法の修得に励んでいたのだ。
師の死は時の流れが解決してくれた。勿論、全てを忘れたという意味ではない、前向きに考えられるようになったということだ。
今でも、師を失った心の傷は強く疼く。
しかし、塞ぎ込んでいるだけではテオが自分を残した意味や力を託した意味が無くなると自分に言い聞かせ、やっと今のような状況にまで自分を取り戻せたのだ。
おかげで時空魔法の書の大半は全て修得済みである。
また、召喚魔法も竜王バハムートや海王リヴァイアサン、戦神オーディンの召喚にも成功していた。
その時、突如ドアをノックする音がファルの耳に届いた。
辺りをしんとした沈黙が支配していたため、ファルは唐突な音の介入に一瞬、心の臓を鷲掴みにされた感覚を覚える。
「だ、誰？」
動揺を隠せないままの言動でファルは、ドアの向こうにいるであろう人物に問う。
「私です。ディールです。」
ドアの向こうから、あの物静かな竜騎士の声が返ってきた。
「なんだ、ディールさんか・・。入ってもいいよ。」
あの寡黙な竜騎士が何故ここに来たか少し疑問に思ったが、手元の魔道書を閉じて、入室を許可する。
ディールはその言葉を聞き、ドアを開け入室してきた。
いつもの鎧姿ではなく、普段着のような服装で腰には、もしものためにと剣を帯びていた。
「何かご用ですか？」
はっきりとした口調で、微笑みながらファルは用件を聞く。
「いや、用という程ではないのだが、ただこの頃ずっと籠もりきりなので・・・。」
言葉を濁らせながら、ディールは発言する。
「ディールさん、私のこともしかして心配してくれてるんだ〜。」
上目づかいでディールを見やりながら茶化すかのようにファルは言う。
その言葉にディールは顔を真っ赤にして、ブツブツと何かを言うがファルには聞き取れなかった。
この竜騎士はやはり、あまり人との対話が苦手らしいとファルは睨んだ。しかし、反面いつも廻りを気遣う優しい人物だと感じた。
だが、今までずっと籠もりっきりなのは確かであり、悪いがこの人物に鬱憤を晴らさせてもらおうとファルは心に決めた。
「それとも、私を夜の散歩に連れだしてくれるのかしら？」
クスクスと含み笑いをしつつ、ファルは更に寡黙な竜騎士をからかう言葉を言った。
「ち、違います！私はただ・・・！」
耳まで真っ赤にしたディールはその言葉に声荒げに反論した。
「でもなー、私五つ以上離れている人とはね〜。」
ファルはディールの反論を無視するかのように、話を進める。
「私をいくつだと思っているのですか！私はまだ二十歳ですよ、失礼な！！」
ディールは更に感情を露わにして、強く言う。自分が老けていると言われるのは心外だったのだ。
「あ、そうなんだ。凄く落ち着きあるからそう見えたのかな？」
ファルは惚けた顔をしながら、ディールに答える。ディールもまた「失礼な。」と再び言い、腕組みをし不満の表情を浮かべる。
「ゴメン、ゴメン、ディールさん。面白かったから、からかっちゃった。」
流石にこれ以上からかうのはあんまりだとファルは判断して、掌を合わせながらディールに謝罪した。
「本当に失礼ですね！」
ファルの謝罪の言葉で、からかわれたことに気付いたディールは更にへそを曲げ、背を向けながら同じ言葉をまた言う。
「だから謝っているんだって！」
掌を合わせた状態でファルは頭を何度も下げながら許しを請う。
その姿にディールは反省の意があると思い、正面を向きファルの行動を許すことにした。
「有り難うね。でも、ディールさんの姿を見て安心した。ディールさん感情をいつも殺していて、本当にないんじゃないかな？って思っていたから・・・。」
ファルは本心をディールに語る。
「そうかも知れません。いつもは感情を常に抑えているように努めているのも事実ですし・・・。この様に感情を露わにしたのも実際自分でも驚いています。」
ディールは静かに、ファルの言葉に返答した。
「でも、テオ導師のことはもう大丈夫なのですか？」
ディールも今まで切り出せなかった言葉を口にする。
その言葉にファルは少々、一瞬戸惑いの表情を見せたものの、すぐさま吹っ切れたような表情を浮かべ喋りだした。
「大丈夫じゃないけど心配しないで、心の迷いはもう私の心を支配していないから。」
「それにいつまでもいじけていると、お爺ちゃんから怒られるしね！」
ファルは満面の笑みをディールに向けて言い放つ。ディールもその笑みに偽りがないと感じ、安堵の笑みを浮かべた。
「心配ご無用でしたね、ではそろそろ・・・。」
ディールはそう言い、退出しようとするがファルは強引にディールと腕を組み、退出を阻止する。
「いいえ、心配ご無用じゃありません。存分に心配かけて下さい。」
ファルの言葉にまだディールは意図を掴めていない。
「傷ついた、私の心を癒すため夜の散歩に連れ出して下さいませ。」
鈍感な竜騎士に苛立ちを覚えながらファルは言った。
そこまで言われると、ディールも理解去らざる終えず苦笑しながら申し出を受ける言葉をファルに告げた。
「ではディールさん、お願い致します。」
「分かりました、ファル殿。」
まるで宮廷婦人を扱うような素振りで、ディールはファルをエスコートし、部屋を出ようとする。
だが、ファルは何かを思い出したかのように足を止め、ディールに注意を促した。
「そうそう、ファル”殿”ってやめてね、呼び捨てでいいから。それと二つしか離れていないんだから敬語も禁止！」
「その代わり、ディールさんのことディールって呼ぶからね。」
既に決めたかのようにファルは言い放ち、ディールは首を縦に振るしかなかった。
「分かった、ファル。」
やや、ぎこちなくディールはそう答え、その言葉に満足したファルは夜の散歩に出かけるのであった。
 
その頃、侍フェイザスは聖騎士レインと語り合っていた。
サフが去った後、しばらくそこにたたずんでいたレインをフェイザスが見つけたのだ。
気軽な挨拶から始まり、戦いの経緯や亡くなった戦友やその悲しみを語り合った。
「そうですか・・・、お悔やみ申し上げますレイン殿。」
フェイザスは悲痛な表情を浮かべ、サースアイの哀悼の意を表した。
「いえ、フェイザスさんこそ二人のご友人を一度に亡くしたのですから・・・。」
レインもフェイザスの気持ちを悼むかのように言う。
「しかし、あの黒魔法の父といわれるテオ殿や、何よりも土のクリスタルに選ばれし三人については・・・悔やんでも悔やみきれません。」
非業の死を遂げた、四人の光の戦士についてフェイザスは語りだした。
レインもその悲報は知っていた。黒魔道士テオは単身、無の魔物に立ち向かい倒したと聞く。それも、命を捨ててだ。
ファル達の話では、自分一人の犠牲が妥当と踏んで立ち向かったと言っていた。
自分では皆で立ち向かえば全員生き残る確率さえあると思えたのだが、
確実性と相手の強さを認識して犠牲が出ると思ったが故に出た行動かも知れないと今では考えている。
後、土の光の戦士については頭が上がらない気持ちで一杯だった。
話によれば、ハリカルナッソスと呼ばれる無の魔物を総括する者がいたらしく、またグランゼルの城下町を一瞬にして焦土と化した魔物がいたと聞く。
今まで聞いた話の中で、一番最悪な魔物の集団が土の光の戦士達にあたったと言っても良い。
自分たちでは果たして全ての命をなげうってでも全滅させれたか疑問である。まさしく、勇者の中の勇者だとレインは思っている。
ただ、やはり全滅したグロア達を思うと悲観して止まない。
「だけど明日はきっと、これ以上の・・・。」
レインはうつむきながら、静かに言った。
「ええ、ですがもう後戻りは出来ません。命を落とした光の戦士のため、
そして明日共に戦ってくれる人々のためにも、必ずやエヌオーを倒さなければいけません。」
レインの目を見据えながら、フェイザスは励ますかのように言う。
「お互い頑張りましょう！」
レインはそう言い、フェイザスに手を差し伸べ、フェイザスはその手を強く握りしめながら、頷いた。
 
世界創造から二万年の時が流れ、再び闇は降り立ち全てを無に還そうとした。
だが、光は闇に屈することなく戦い挑む。
そして、闇は光に再びかき消されんとしているが、闇の神エヌオーが今まさに復活しようとしていた。
一方、光の陣営には奇跡を起こす神はもうすでに無い。
その神の分身といえるクリスタルのみが世界を支えであり、光の戦士だけが神の剣と言える。
果てしない悠久の時が流れ、遂に闇との最後の戦いが始まる。

 
作者コメント：
今回はチョット短め、決戦前夜です
しかし、当初はこんなに事を大きくするつもりはなかったんだけど
全世界が動き出しちゃいましたね〜、ではラストバトルに突入！！