「目に見えぬ小人よ、我が魔力によって増えよ、拡大せよ。そして己の主を蝕め!」 カロフィステリと呼ばれる、無の魔物がバイオの魔法を完成させた。 標的は目の前にいる、青髪の聖騎士。 だが、その聖騎士は対魔法の体勢を取ると、意図も簡単に魔法を耐えて見せた。 聖騎士はレイン。 しかし、内心レインは焦っていた。何故なら、一刻前に手分けして城下町の生存者を確認するために散り散りになったためである。 自分も単身の中、この裸体に近い人間の女性の姿をした魔物に襲われたのだ。 恐らく、サフやサースアイもそれぞれ無の魔物の襲撃にあっているに違いない。 そう考えると、レインはサフの事が気がかりで仕方がなかった。 魔術師は魔法を唱えるために無防備状態を晒すことになり、かと言って接近戦を得意とする魔術師などいない。 要するに単身では魔術師は非常に不利な状況を与えられるのだ。 故に魔術師は後方支援の形を取るのが一般的である。 「どうした!これが光の戦士の力とやらか!!」 カロフィステリはレインを罵りながら、手から放たれた波動を放つ。 受ける側にしてはその衝撃は、不可視の槌で殴られているような感触だった。 「クッ!邪魔だ!!」 波動を盾で塞ぎつつ、レインは間合いを詰めようと突進する。 「大地を司るの巨人タイタンよ、その強靱なる肉体を我に与えよ!」 レインの突撃を見やると、カロフィステリはすぐさま魔法を詠唱し、完成させた。 「もらったぞ、無の魔物!!」 エクスカリバーの刃が煌めき、カロフィステリの胴を狙う。 狙いは違わず、その刃は胴を真っ二つに切り裂く−筈だった。 だが、実際にその刃はカロフィステリの胴を浅く食い込ませるだけだった。 「流石、クリスタルから授けられた剣。プロテスで覆った私の肉体を傷つけるとはね。」 含み笑いをこぼしつつ、カロフィステリは剣を素手で抜きさり、波動でレインを後方に吹っ飛ばした。 「プロテスをかけたのか、成る程両断できないわけだ。」 剣を杖代わりにして、レインは立ち上がる。 その間、カロフィステリは回復魔法でその傷口を完全に塞ぐ。 「お前は聖騎士、魔法など行使できまい。プロテスをかけられた今、早くも苦境に立たせられたのだ。」 カロフィステリはそう言い、再び魔法詠唱を始める。 「普通ならば、そうだろうな・・。」 レインは不敵な笑みをしながら言い、剣を頭上に構える。 カロフィステリはこの人間のしている意図が分からず、ただ恐ろしさのあまり狂いだしたものだと判断し、魔法詠唱を続けた。 「我が剣に宿れ、万物の根元たるマナ・・・。」 静かに、レインは剣を構えたままルーンを詠唱し始める。 (戦士が魔法を唱えられるはずはない、唱えられるにしても戦士の微々たる魔力の魔法だ。たかが知れている。) カロフィステリはそう考えると、レインが魔法詠唱しているのに関わらず、魔法を詠唱した。 レインの魔法より、カロフィステリの魔法が早くも完成し、騎士向けて放つ。 放った魔法は稲妻の最上級魔法。 天から迸った稲妻がレイン目掛けて落ち、そして強力な電流が身体を奔流した。 またレインは対魔法の姿勢を取っていなかったため、魔法は直に受けるよな形になった。 「どれくらい耐えられるものかな?」 カロフィステリはサンダガを唱えた後、再び魔法詠唱し始めた。 しかし、稲妻を受けた直後にすぐ聖騎士は動き出した。魔法を喰らった直後とは思えない俊敏さで。 電撃の魔法を受ければ、最低でも体中は痺れを訴え始めるはずなのだ。少なくても、歩き出すのも不可能であるはずだった。 「・・・・そして、宿れ最大の破壊魔法、フレア!!」 間合いを一気に詰めたと同時に魔法も完成させた。 完成の瞬間、レインの剣は眩く光り輝き始める。 そのまま、レインの剣はカロフィステリの首を狙う鋭い一撃を見舞った。 「ば、馬鹿な!!!!」 これがカロフィステリの最後の言葉となった。 レインの剣は防御魔法をも貫き、カロフィステリの首を切断したのだ。 「魔法剣。俺とサフが考え出した技、今のは魔法『フレア』を剣に相乗させたんだ、この剣の前には防御魔法は意味を成さない。」 まだ光り輝いている剣を下ろし、物言わぬカロフィステリの亡骸に言った。 また、稲妻の魔法を受けた後、すぐ動けたのはこの剣のおかげだと付け加える。 「早く、サフ達に合流しないと!」 一息ついた後剣を手に持ったまま、すぐさまレインは仲間を捜しに走り出すのだった。 一方その頃、サフは不気味な魔物を従えた、無の魔物に遭遇していた。 名はメリュジーヌと言うらしい。 この魔物もまた、裸体に近い女性の姿をした魔物であった。 「悪いけど、貴方は私には勝てないわ。」 威嚇するように賢者の杖を構えながらサフは言った。 「あら、奇遇ね。私も貴方には負ける気がしませんわ。」 メリュジーヌは妖艶な笑みを口元に浮かべて言う。 「もっとも、美しさでは既に勝っていますけどね・・。」 メリュジーヌがそう言い、口に手を当て嘲笑する。 緊迫した戦闘前とはいえ、流石に今の愚弄の言葉にサフは一瞬腹を立てる。 魔術師の前に自分は女性である。魔物などに自分の顔について悪評されるなど、この上ない愚弄の言葉である。 勿論、怒りにまかせて戦えば魔法の威力が鈍ることを十分承知しているサフは、すぐさま落ち着きを取り戻し、魔物に面向かった。 杖を構え、魔法を高らかに詠唱し始める。 「炎の魔神イフリートの怒り、ここに示すなり!煉獄の炎で焼き尽くすのだ!」 サフは炎の魔法を完成させ、メリュジーヌ向けて放った。 紅蓮の炎はメリュジーヌを包み込み、その身を焦がそうと燃え上がった。 「あら、怒られてしまいましたかしら?」 炎の中、メリュジーヌは微笑みを絶やさずに、言う。 まるで、炎の中でも痛みを感じないような発言である。 炎の魔法を吸収魔物も存在するがため、サフは別に驚きもせず次の魔法を詠唱し始める。 炎を吸収するのだから、この者の弱点は『冷気』だと踏んで。 「氷を司る女王シヴァよ、その凍れる吐息で全てを凍結させよ!そして、氷の鉄槌を下すのだ!」 魔法は再び完成する。 強力な冷気が相手を凍り付け、相手に致命傷を与えるはずだったが、サフの考えは見事に外れた。 凍てつく冷気を前に、メリュジーヌは恍惚な表情で、受け入れていた。 「な、そんなはずじゃ・・・。」 サフは予想たる状況にならなかったことに、多少動揺したが、落ち着いて魔物を分析しようとする。 「もう終わり?ではこちらから行くわよ。」 メリュジーヌはそう言い、魔法を詠唱し始める。 サフもまた、考えた後メリュジーヌに遅れながら魔法を詠唱し始める。 「炎の魔神イフリートの怒り、ここに示すなり!煉獄の炎で焼き尽くすのだ!」 先にメリュジーヌの魔法が完成し、両手をサフにかざす。 「消えよ!我が障害となる魔力よ!!」 サフは杖を振りながら、一言ルーンを口走る。 そのキーワードが賢者の杖に宿る魔力を解放する言葉であり、この時は一切魔力を消費せずに発動させることが出来るのだ。 解放した魔力の力場が、サフを包み灼熱の火炎を完全に遮断する。 「これがクリスタルから授かった、杖の効力なの?」 思いも寄らぬ、効力にメリュジーヌは戦意を消失し始める。 何故なら自分の得意分野は魔法であり、直接攻撃は一切向いていないからだ。 魔法を遮断する力を持つ相手は完全に傷を負わせることが出来ない相手と言っても過言ではない。 例え、今相手が自分に傷を負わせられぬとしても、自分のこの特殊能力は万能というわけではないのだ。 いつかはその穴に気付き傷を負わせたれることとなるであろう。 そして、目の前の女魔術師は魔法を完成させる。 「次元に狭間にうごめく破壊神よ、大地を漆黒に染め上げよ!」 サフの唱えたのは究極の黒魔法フレア。 核爆発によるこの魔法は、熱と爆発の衝撃で相手を倒す魔法であるが、その破壊の様から熱を司りつつも炎の属性には属せず、無属性として分類されている。 故に、属性に関わらなく、いかなる敵にも傷を負わせることが出来るのだ。 今度はサフの狙い通り、魔物は苦しみの声を上げ後方にたじろぐ。 またメリュジーヌの脇に従えた、魔物はその熱と光によって絶命した。 「クッ、このままでは・・・。」 相手が完全に圧倒していると、メリュジーヌは改めて実感させられる。 しかし、ふと考えを改めてみた。 相手は魔術師。身体の作りは鍛え抜かれた戦士とは異なり、一般の人間どもと変わらない。 反面、自分は物理攻撃が苦手とは言え、魔物であり基本的な作りからして人間より上である。 恐らく、目の前の魔術師よりも腕力は上の筈だ。 そう考えると、一つの考えが思い立った。 地味な戦法でもあるが、確実性があり、このまま傷を負わせることが出来なく死を迎える今の状況よりましだと思う。 多少自己犠牲な所もあるが、背を腹には変えられない。 そして、サフは再び魔法詠唱し始めた。 ルーンの語感からして、またフレアの魔法を放つと思われる。 メリュジーヌはそう考えると、すぐさま頭の中で打ち出した計画を実行しようと魔術師との間合いを詰めようと一気に接近する。 メリュジーヌが到達する前に魔法は完成し、再び破壊魔法がメリュジーヌを襲う。 だが、傷を負うことに目をくれず一気に詰め寄り、サフの首を締め上げる。 重傷であるが、命を捨てる覚悟で突き進んだメリュジーヌは痛みを感じる暇など無いのだ。 幸いなことに命には別状無いだろうとメリュジーヌは自分の具合からしてそう読みとった。 しかし、安心できる状態ではなく、すぐさまこの魔術師の息の根を止め、傷を癒すべきだと同時に悟った。 「フフフ・・・。どう?魔術師の貴方にこの縛めを解くことが出来るかしら。」 メリュジーヌはそう言うと、更に腕に力を込める。 そしてサフの上体が宙を浮く。 (しまった・・・。同じく接近戦には弱いと思ったら・・・、この様な力が・・・。迂闊だわ、人間と魔物では・・・基本的な肉体の作りが違う・・・・。) 人間と同じような風貌をしていたため、基本的なことを見逃していた自らの愚かさに腹を立てる。 今更、反省してもしょうがないとしか言えず、またこの状況からみて絶望的としか言えない。 首を絞められているがため、魔法詠唱は叶わず、満身の力を込めても首の縛めも解くことが出来ない。 他にも持っている杖で、ひたすらメリュジーヌを殴りつけたがその力が弱まることはなかった。 それどころか、更に首を絞める腕に力が入った。 「ガハッ!」 サフの目の前が霞み始めてきた、殴りつけていた杖にも力が入らなくなり、遂には杖から手を離した。 (ゴメン、レイン・・・・後を頼むわ。だけど、せめて貴方に・・・私の心の内に秘めた言葉を・・・伝えたかった・・。) そう消え去りそうな意識の中で思うと、サフの意識は闇に葬られたのだった。 「クックック、死んだかしら?」 意識を無くしたことに気付き、メリュジーヌは首を絞めていた力を抜く。 そして、サフの豊かな双丘に手をやり、死を確認する。 胸は上下し、心臓の鼓動も確かにある。 「まだ生きているようね・・・、ならば・・・・・。」 メリュジーヌは意識を失った魔術師を前に、ふと新たな策略を思い浮かべるのであった。 一方、サースアイはストーカーと呼ばれる、半透明な魔物と対峙していた。 青く半透明な身体はまるで亡霊を連想させ、サースアイは当初アンデッドだと勘違いしたが、どうやら違うらしい。 相手は、『マインドブラスト』呼ばれる、麻痺の魔法を使ったり、冷気のブレスを吐き出したりして手傷を負わせたが、 サースアイは持ち前の精神力で麻痺の魔術を無効にしたり、ブレスにしても最上級の冷気魔法には遠く及ばない威力のため、手こずることはなかった。 だが、ある程度するとストーカーは分身の特殊能力を使い始めた。 四体に分身し、内一体が本体。その他三体は完全なる幻影と魔物は得意げに言った。 しかし、幻影といっても本体と変わらない攻撃も放つことも可能であり、ここでサースアイにとって手こずらせることになる。 得意に言っただけあるとその時、サースアイは心の中で苦笑した。 分身の攻撃により苦戦を強いられているとき、運良く先の戦闘を終えたレインが手助けに入った。 それからは、あっけなくその魔物は息の根を止められることになった。 止めは、サースアイの一撃。 レインがストーカーを切り込んでいる内に、サースアイは戦局をじっと見やって本体を見切り、光のような矢を放ったのだった。 「いや〜、助かったよレイン君。」 首尾良く無の魔物を倒し、レインに感謝の意を述べる。 いつもの緊張感の無い話し方だった。 「人を盾に使いやがって!!」 ストーカーの群に突っ込ませたことにレインは文句をつく。 実は本体を見切るため、ストーカーに突撃させたのはサースアイの提案だったのだ。 切り込むレインにしてみれば命を落としかねない危険な役割である。 事よくいったため冗談を言えるが、死ねば笑い事には済まない。 「さっき、無の魔物と戦ったばかりだぞ!少しは労れ!」 当然、まだ文句の尽きないレインは悪態を続けた。 「それより、サフを助けないと!!」 だが、サースアイは冗談はこれまでとばかり、レインを急がせる。 レインとしては上手くかわされたような感じをする。 「ああ、お前よりサフの方が心配だ!!」 そのために納得しつつも、サースアイへの皮肉の言葉は忘れずに言うことにした。 そして、走り始める。サースアイも。 「そうだよね、なんと言っても二人は恋人・・・。」 走りつつも、サースアイはレインに反撃とばかりに言うが、その言葉はレインにより遮られる。 「じゃない!って言ってるだろ!!」 「はいはい・・・。」 態とらしく分かった振りをしつつ、サースアイは言う。 レインは再び文句を言ってやろうかと思った瞬間、サースアイは前方に何かを見つけたかのように声を上げ、それを示すため指を差した。 レインも指を差した方向を凝視する。そこには間違いなくサフがいた。 倒木に腰をかけ、うつむいている感じだった。 やがて二人はサフの元へ走りつく。 「無の魔物は?大丈夫だったか。」 レインは息を荒くしつつ、サフに問いかける。 「大丈夫よ・・・、あれしきの魔物に私は敗れないわ・・・。」 うつむきながらサフは返答する。 大丈夫といっているものの、レインから見ればあまり優れないように感じた。 「でもよかったね。サフは魔道士だから、結構辛い戦闘になると思ったけど、取り越し苦労だったよ。」 サースアイも安堵し、乱れた息を整えようとする。 「レインなんか、凄く心配していたよ〜!サフもレインのことをそろそろ認めてあげれば。」 サースアイはまた、レインを茶化す。 その言葉にレインはすぐ反応し、サースアイに拳を握りしめ、殴りかかろうとする。 そして、むきになったレインを面白がりながらサースアイは戯けながら逃げまどった。 「みんな・・・そろそろ行きましょう・・・。」 そんな二人を余所に、またサフはうつむきつつ言う。 「本当に大丈夫か?」 不安を募らせたレインが心配そうにサフの両肩に手をやり、しゃがみ込んで顔を見つめる。 サフの目は虚ろで、魂が抜けたような表情をしていた。 「大丈夫よ・・・。」 再びサフはそう言い、ゆっくりと立ち上がる。 レインも多少の不安を残しつつも、サフに続き立ち上がった。 「じゃ、急ごうか。」 レインがそう言い、サフに背中を見せた−まさにその時だった。 いきなりサフの口元に残忍な笑みをこぼし、杖を構え素早く魔法詠唱する。 レインが魔法詠唱に気付いたときには、既に遅くサフは魔法を完成させた。 「次元に狭間にうごめく破壊神よ、大地を漆黒に染め上げよ!」 不意を付かれたレインは破壊魔法を直に受けることとなった。 激しい熱により鎧こそは無傷だったが、マントは焼けただれ、レイン自身も重傷を受ける。 「何をするんだ!サフ!!」 叫ぶように、サースアイはサフに向かって言う。 「クックック・・、サフ?私の名は、メリュジーヌ、美しき無の魔物よ・・・。」 魔法を唱え終わった後、サフの姿をした魔物は微笑みつつ言う。 「無の魔物が化けているのか、ならば容赦しない!」 レインが重傷を負いつつも、エクスカリバーを鞘から抜き放つ。 「化ける?残念ながらそれは誤った解釈。私はこの者の身体を借りて貴方を攻撃しているのよ。」 メリュジーヌはそう言い、含み笑いをする。 「嘘をつくな!」 エクスカリバーによって徐々に癒されながら、レインはメリュジーヌの言葉を否定する。 「嘘と思うのならば、攻撃してはいかが?もっとも、死ぬのはこの本体だけで私は傷の一つも負わないでしょうけどね。」 サフの姿をしたメリュジーヌがそう言い、両腕を開いて無防備状態を晒す。 「サフの身体は本物です。」 サースアイは真剣な眼差しで言う。 「何故、そう言いきれる!」 レインが苛立ちながら聞く。 「サフの持つのは本物の『賢者の杖』です。そしてクリスタルの武器は持ち主しかこなせないものですよ。今のサフは間違いなくその杖を使いこなしている・・・。」 「また、感じるんです。サフの中に聖なる気と邪悪なる気を・・・。」 サースアイは淡々と、理由を答えていった。 レインはその言葉で納得さらざる終えなかった。 確かに、先程破壊魔法を唱えるのに、杖を使用していた。 また、サースアイの父親はモンク僧であり、気の操作を自在に出来たと聞く。 息子のサースアイが気の流れを読んでも不思議ではない。 「どうやら、納得していただけたようね。では黙って死んで下さいね、なるべく痛みを感じさせないように殺してあげますから。」 絶望に打ちひしがれる二人を見て、嘲笑しながらメリュジーヌは言う。 「万物の根元・・・、万能なるマナ・・・。」 メリュジーヌは先程の言葉を実現するが如く、魔法を詠唱し始める。 「ここは僕に任せてくれないか?」 突如、自分の胸に手をやりながらサースアイがレインに提案する。 「何をする気だ?サフには攻撃できないんだぞ。」 肩を落としながら、落胆の表情を見せレインは言った。 「ああ、攻撃するつもりはないよ。だからこれは不必要。」 サースアイはそう言い、手にあった与一の弓を手放し、背にあった矢筒も地に下ろした。 何をするか分からないが、どう考えても自殺行為としか言えない。 相手は無の魔物。しかも、サフの力も手に入れた恐るべき存在といえるのだ。 「馬鹿な、武器を捨てて何をするんだ?説得でもするのか?」 レインはサースアイの行動に理解できず、様々な疑問をぶつける。 「説得か・・・。半分当たっているけど、半分外れているね。今の状況で必要なのは、この僕の腕さ。」 またもや、理解できない言葉を言い放つと、サースアイはサフの姿を借りているメリュジーヌに向かって歩き出した。 歩きながら、背の向こうにいるレインに手を振る。 その姿からして、この状況を余裕に解決させてくれるような感じさえした。 サースアイがメリュジーヌの所までついた瞬間、遂に魔法は完成した。 「天空を支配する神々よ、不浄なる地上に浄化の光をもたらせ。聖なる光で埋め尽くすのだ。」 魔法完成をほぼ予期していたため、サースアイは対魔法を完璧にしていた。 完成の瞬間に腕を交錯させ、顔を覆う形を取る。 そして、神々しい蒼い閃光が辺りを照らし、サースアイの身体を浄化せんとした。 白魔法の最上級魔法だけあって、威力は十分でありサースアイはその場で一瞬、膝を落としそうになるが何とか堪る。 「サフ聞こえるか?聞こえたら答えてくれ!」 メリュジーヌの両肩をがっしりと掴み、精神の奥底に潜むであろうサフの意識に呼びかける。 「愚かな・・・。私の憑依は完璧よ、貴方の呼びかけにこの女の意識なぞが蘇るものですか。」 短く笑った後、メリュジーヌは冷たく言い放った。 「分かっているさ、だからこうするんだ!!」 サースアイがそう言った瞬間、短く息を吸った後、両腕を通して強力な圧力をメリュジーヌ向けて送り込む。 「何をするつもりだ・・・貴様・・。」 強力な、抑圧の力を覚えながらメリュジーヌが呻くように言う。 「貴様に言う筋合いなど無いな。レイン!サフに呼びかけるんだ!」 普段見せない冷酷な表情をメリュジーヌに向けながら言い、後方にいるレインにも言葉を投げかけた。 レインはサースアイの言葉を聞き、サフに近づこうとする。 「来るな!そこで呼びかけるんだ。ここに来たら君も魔法の餌食になる。」 サースアイは近づこうとするレインにそう警告した。 だが、その言葉からすると、相手は魔法詠唱がまだ可能であることを示し、自分はその危険を省みず行動をとっているのだと思わされる。 「何を言っているんだサースアイ!お前まさか!!」 レインはサースアイのしようとすることに、冷たいものを感じた。 「そんなことはいい!早く呼びかけろ!魔法詠唱始めたぞ!!」 サースアイは勢いよく抜けてゆく力を何とか振り絞りつつ言う。 実の所、相手が魔法を放とうがサースアイには命の保証など無かった。 今は自分の生命力を気に転換して、送り続けている。 自分に流れている聖なる気を直接、サフの身体に流しているのだ。 故に、暗黒の気を持つメリュジーヌにとっては耐え難い苦しみをもたらし、外へ脱するよう仕向ける。 相手の気を背けるだけの威力はないと思うが、そこでレインの呼びかけをサフが聞き届ければ恐らく、 自我を取り戻しメリュジーヌは外に出るであろうとサースアイは目論んでいる。 自分としてはサフが目覚めるまで、両腕を離すつもりはない。 レインもサースアイが命を賭してしていることを無駄に出来ず、言う通りに呼びかけた。 早く目覚めれば、サースアイが助かる可能性があると踏んで。 「サフ!!聞こえるか?俺だレインだ!!」 「目覚めるんだ!無の魔物なんかに負けるんじゃない!!」 ひたすらレインは腹の奥底から、もしくは心の奥底から叫んだ。 サフにこの言葉が聞こえるのを信じて。 「もうよい!茶番はここまでだ、死ね!!」 聖なる気に押されつつも、メリュジーヌは二つ魔法を完成させた。 「我に仇なす魔力を弾く光の結界よ、ここに!」 「次元に狭間にうごめく破壊神よ、大地を漆黒に染め上げよ!」 最初の魔法で、メリュジーヌの前に光の粒子で出来た膜が張り巡らされ、次の魔法でサースアイは重傷を負うことになる。 最初の魔法は、『リフレク』と呼ばれる全ての魔法を弾くと言われる魔法であり、近距離がために破壊魔法が自らに及ばないように配慮したものだ。 逆にサースアイはフレアが二重に受けたような状況に見舞われた。 普通に受けた魔法と、近距離にいたメリュジーヌに向けて放たれた魔法の威力がサースアイ目掛けて弾き返ったために。 また、気を送るのに集中しているがため、しっかりとした魔法防御の姿勢も取っていなかった。 ただえさえ、生命力を消耗しているのに、更に生命力を削がれていった。 サフの肩にやった力が徐々に抜けてゆく、視力など魔法の一撃で完全に失っていた。 自分が立っているのか、座っているかも殆ど分からない、勿論魔法による痛みなど感じてはいなかった。 だが、命があることだけは確信できた。 後方にいる、親友の懸命な呼びかけの声もまだ聞こえる。 まだ、やれる。 サースアイはそう思うと、更に強い気をメリュジーヌ向けて送り込んだ。 「クッ!ガァ!」 先程の魔法を放った後、メリュジーヌは遂に魔法詠唱を止めもがき苦しみ始めた。 必死にサースアイの腕から逃れようとするが、彼自身は血みどろになろうともその腕を放さなかった。 メリュジーヌ自身も、聖なる気の重圧に耐えているため本体を操る力も損なわれつつあった。 押さえていたあの女の意識が呼びかけに答えようと、自我を取り戻しつつあるのもメリュジーヌは実感し始めている。 「止めろ・・ぉ・・、私の名はメリュジーヌ・・・。私は無の・・・。」 メリュジーヌは必死にサフの意識にしがみ掴もうとする。 「頼む、目覚めるんだサフ!!お前はウォータス宮廷魔術師のサフトルティーナ!俺達の幼なじみだ!!」 「分からないのか!聞こえないのか!俺の言葉が、そしてお前の目の前にいるサースアイの姿が見えないのか!!!」 レインはサースアイの姿を見て、涙を流しながら叫んだ。 呼びかけることしかできない自分に悔やみながら叫んだ。 目一杯に、ひたすら、身を裂かんとばかりに。 「・・・レイ・・・ン、サース・・・アイ・・。」 しばらくもがき苦しんでいたが、不意にサフのものだと思われる言葉が出た。 微かながら、それを聞き届けたレインに歓喜の表情がこぼれた。 暗雲の中から一条の光が射したような感情を覚える。 サースアイも、内なるサフの意識が取り戻されてきたのを実感していた。 「め・・・目覚めた・・・!口惜しいが・・・もう限界・・・だわ!」 メリュジーヌはサフの意識が自分を退き、レインの呼びかけに答えたことに限界を感じ、この者から脱することを決意した。 このままでは、この者の中で自分の意識がかき消されるがためにだ。 そして、遂にメリュジーヌはサフの身体から離れた。 淡い輝きをして光体がサフの身体から出現し、近場に降り立つと徐々に形を取り始め、最終的に元の姿に戻った。 同時に、サフは仰向けに倒れ始めたが、サースアイがそれを受け止める。 しかし、サースアイもサフを抱きかかえながら膝から崩れ落ちた。 レインとしてみれば、二人の安否が気遣われたが、今は憎き魔物の息の根を止めるのが優先だった。 サースアイが命を賭して、サフとメリュジーヌを分離してくれたのだ逃すわけにはいかない。 一方、メリュジーヌはすでに一旦退避を決めていた。 憑依のためと、聖なる気に対抗するが故に魔力はほぼ使い果たしていたためにだ。 それを考えて、帰還の魔法を唱える分の魔力を温存している。 あの聖騎士の剣が到達する前には魔法は完成する自信は十分にある。とりあえず、何処かに身を隠して傷を癒し、他の魔物と合流するつもりだ。 単身で、この者達とやりあえるはずはない。 そう考えるとメリュジーヌは魔法を高らかに詠唱し始める。 だが、その目論みは見事、水泡に帰すことになる。 途端に、メリュジーヌは声を発することが出来なくなったのだ。 すぐさま、この異常な事態に廻りを見やると、杖をこちらに向けた魔道士の姿が見えた。 その魔道士は先程まで自分が取り憑いていたあの女。 放った魔法は、魔法封じと知られる沈黙魔法『サイレス』に違いなかった。 メリュジーヌはその姿を見て血の気を失せる感覚を覚え、また自分の命がこれまでだと確信した。 (これまでね。) そして確信は違わず、聖騎士の剣がメリュジーヌの胸を貫き、その命を無に帰したのだった。 レインは無の魔物を倒した後、すぐさま二人に駆け寄った。 サフは意識を朦朧とさせながら身体に異常ないことを伝え、サースアイに回復魔法をかけようと詠唱し始める。 サースアイについては、かなり危険な状況だった。 血だらけになり、息も弱々しく、瞼は堅く閉じられていた。 「しっかりしろ!サースアイ!!」 レインが上体を起こし、懸命に呼びかける。 「悪い、どうやら・・・これが僕の運命らしい・・。」 掠れるような声で、サースアイは残りの命が僅かだと諭す。 「何を言ってるの、しっかりしてよ!!」 回復魔法を重複してかけながらサフは言うが、同時に彼女の瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。 「サフ・・・。自分を取り戻せたんだね・・・良かった・・。」 サフの声を聞き、微笑みを浮かべながら言った。 「ええ・・。全部サースアイのお陰よ、だからお願いよ・・・。」 完全に涙声になりながらも、サフは言い、魔法をかけ続ける。 奇跡を信じて。 「もう、いいんだ。僕はやるべき事をやって、それが成されたんだ・・・。悔いはないよ。」 「ただ、レイン達にこれからのことを任せると思うと・・・少し気が重いかな?」 サースアイはそこで一瞬口元に笑みをこぼす。 「・・・・二人とも仲良くね・・・。」 そう言った後、サースアイの身体から力が失われたのをレインは感じ取った。 大地にその命を返したのだ。 「起きろ!サースアイ!!死ぬなーーー!!」 レインは必死にサースアイの上体を揺さぶりながら、呼びかけた。 サフは治療していた手を静かにサースアイの身体に置き、静かに泣いた。 二度と口開かぬ、友の死に二人は悲しみ、打ちひしがれるのであった。 次々と消えてゆく光の灯火・・・ だが、それ以上に闇が消え去っているのは間違いない事実。 神話の時代からの光と闇の戦いに今、一応の決着が付こうとしている。 しかし、その勝利にまだ深い悲しみがまとわりつくのは、神の力を持っても変えられない定めであった。 作者コメント: 第五章!!レイン君の活躍いかがだったでしょうか? 主人公として何点だったでしょうかね〜〜〜(汗) サースアイの方が主人公らしいと言われると、作者としては悲劇 |