FINAL FANTASYW−恋い焦がれる異国の王【前編】−:アナザー+ED後

−恋い焦がれる異国の王【前編】−
一人の老人が、己の主宛ての文書を難しい顔 
付きで見つめながらも、ある部屋目指して廊下を足早に歩いていた。
当然、老人が目指す部屋はその主の場所であり、悩みの種でもあった。ここ数ヶ 
月悩めない日なぞ存在しないに等しい。
いや、あの主だからこそ悩む種が尽きないという考えが正しいといえよう。
(儂は代々ジェラルダイン王家を支えてきた由緒正しき家系の生まれだが、今の 
若様は・・・。)
老人はもうすぐ到達するであろう、主の部屋に嫌気をさしつつ、大きな溜息を一 
つついた。
実はこの老人、忍術という一子相伝の技を持つ忍者の家系ジェラルダイン王家に 
仕える家臣の一人である。立場は代々の王の相談役の立場であり、または世継ぎ 
の世話役を務めたりもする。
この国独自の言い方で『家老』と呼ばれる、王の次に位の高い立場である。また 
大体の国の運営はこの家老がこなしている。
他の国で言う宮廷魔術師と似た、立場と考えても良い。
「着いてしまったか・・。」
当り前のことを老人、テシンは主の扉の前で呟く。
扉の前では刀と呼ばれる、この国独自の剣を帯びた戦士が二人警護にあたってい 
た。その内の一人がテシンを見ると敬礼をし、同僚の行動を追うかのようにもう 
一人の戦士もテシンに向かい慌てて敬礼をする。
「御家老様、ご苦労様です。」
「うむ。ところで、やはり若はおられるか。」
 ささやかな期待を胸にテシンは二人の戦士に問う。
「ええ、おられます。どうやら、御家老様を心待ちにしていたご様子でしたが・ 
・・。」
記憶を辿るような素振りを見せつつ、テシンの問いに戦士は受け答えた。
(覚悟を決めるしかないか)老人はもろくも崩れ去った期待に絶望しつつも、手 
元にある文書を恨めしそうに見やった。
(そもそもリディア殿も、リディア殿もですぞ・・。)
手紙の送り主にも、非があることを伝えるかのようにテシンは心の中で訴えた。 
遠くの相手の心に直接訴えかける能力があるらしいが、テシンにはそのような能 
力なぞ無い。
これ程までにその能力がほしいと思ったことないだろう。
世界を救った英雄の一人とはいえ、このようなことが許されて良いのであろうか 
?運命の神の非業さに打ち拉がれつつ、老人は両開きの扉を開くよう二人の部下 
に命じるのであった。
「待っていたぜ!!」
待ちわびた家老の登場に、歓喜の表情を見せつつ、ここジェラルダイン国の当主 
エドワード=ジェラルダイン七世はテシンを出迎えた。
歳は二十七、またこの世界を救った英雄の一人でもあった。
そのため、先程のリディアとエドワード=ジェラルダイン、通称エッジは共に世 
界を救った戦友である。
その他に現バロン王国のセシル王、ローザ妃。今でも己を鍛錬している孤高の竜 
騎士カインなども共に世を救った仲間達である。
聖騎士セシルは、突然の王の失脚とゴルベーザによる王国の混乱を立て直すため 
に月より帰還した後、すぐさまバロン国王に戴冠した。
セシルはその実力、人柄はよく知れ渡っているがため、特に止まることなく王に 
任命された。
バロン国は世襲制の国王制度ではなく、王が玉座を降りるとき度に重鎮達による 
選定会議が行われる。
国歴を見る限り、大体は近衛部隊、竜騎士部隊の部隊長が選ばれるのが多い。
飛空艇団、暗黒騎士団は前国王が健在のときに初めて導入された部隊でそれら二 
部隊から選出されることはなかった。
セシルは元暗黒騎士団部隊長、飛空艇団部隊長を担ってきたが、偽の王からその 
地位を剥奪されており、残念ながら初の二部隊出身の国王とはならなかった。
しかし、試練の山と呼ばれる過酷な試練に打ち勝ち『パラディン』と呼ばれる聖 
なる称号を授かっていた。
故に、バロンは聖王セシルの収める聖王国といわれおり、また即位と同時に真の 
闇に立ち向かうことが出来ない暗黒騎士団を解散し、新たに『聖騎士団』を初編 
成した。
白魔道士ローザもその傍らで、妃としてセシル王を支えている。
竜騎士カインは、セシルが聖騎士となった『試練の山』で己を鍛錬し、二度に渡 
る友との裏切りをした己の心をも見つめ直していた。
特に、ゴルベーザの術に操られたとはいえ、世界を破滅に導く手助けをした自分 
の心の脆さを痛感したカインは、心の鍛錬を重点的に行っている。
『父をも越える真の竜騎士』を胸に。
召喚士リディアは無事に帰還した後、地下世界に存在する『幻獣界』に赴いた。 
この世界と幻獣界とは時間の流れが違うため、長居はしなかったが幻獣王リヴァ 
イアサン、幻獣女王アスラに、全てが正しい方向に事が進み出したことを笑顔を 
こぼしながら報告した。
その後は、バロンの北に存在する自分の故郷に戻り、よき魔道士を育むために教 
鞭を振るっている。
そのリディアに、この若き国王は恋心を抱いてしまったのだ。
リディアは、特別な血縁『召喚士の血』を引いてはいるが、地位的には城下町を 
歩く娘達とほぼ変わらない。
エッジの国である、このエブラーナはバロンとは違い、世襲制の王国体勢である 
。エッジも例外にもることなく、前王要するに自分の父が無くなったと同時に王 
権が自分に渡ってくる。
当然、拒むことは出来ない。
また、妃となる者も貴族の出の者や、エブラーナに点在する部族の長の娘が多い。
街娘、村娘と縁を結んだ記録なぞ、エブラーナの系図を見る限り、前例を見ない 
と断言できる。
英雄の一人とはいえ、自国の王にこれ以上関わり合ってほしくないのがテシンの 
本心である。
しかも、普通の関わり合いではない。少しは好いてくれていれば良いのだが、面 
白半分で関わっているとしか考えられない行動が多いのだ。
特に今も持っているこの文書が一番の悩みである。
最初は己の主が初めに、召喚士の娘宛てに文書を送ったのだ。しかも、自分の心 
の内を伝える文書だったらしい。いわば恋文である。
それからして、既に愚かとしか言えないのだが、相手の召喚士の娘も律儀に返事 
を返してくるのだ。
だが、その内容は国王の手紙の返事としては程遠いものであり、しかも文章を読 
むにも苦労するようになっている。
いわば、嫌がらせに近い。
初めはさほど難しくない暗号文だったのだが、今では段々と難しくなってゆき、 
『下位古代文字』と呼ばれる魔術師達が魔道書に記載するがために使用する文字 
で返事をよこしている。
暗号文はこの王国では非常に使用され、特に難儀することはなかったのだが、魔 
道士が使う文字群となるとお手上げである。
エブラーナは黒魔法、白魔法について各国に非常に離されたレベルにあるためだ 
。軍事国家バロンも魔術には疎いとはいわれているが、軍事的に採用されるまで 
の力がある故、まったく魔術に通じてないとは言えないのだ。
そのためエブラーナではファイア、ケアル程度の魔法でも使えるものは数えるほ 
どしか存在しない。
そんな国でも、魔道書は国の書物庫にあり、それを片手にエッジは諦めることな 
く、読解しているのだ。
この頃では返事を全て理解するのに、丸三日の時間を割いていた。
その間の国政のことはそれこそ、手をまったくつけていない。
「さて、今回はなんて書いてあるかな?」
エッジはテシンから受け取った手紙に胸躍るかのように、急いで封を切り中身を 
取り出す。
「な、なんだこれは?」
エッジが中の文面に目を通そうとすると、動揺の声を上げた。
(・・・またか・・。)
(今度は何であろうか?『上位古代文字』かもしれぬな。)
テシンは頭をうつむかせながら、半ば自棄な発言を心の中で言った。
「じい、これは何語だと思う?」
エッジは小首を傾げつつ、文書をテシンに見せる。
そして、受け取ったその文面を見てテシンは苦笑いするしかなかった。
「これは、『上位古代文字』ですな。」
まだ、自分の頭が耄碌してないなとつくづく思う。テシンの予感は見事的中した 
のだから。
しかし、いっそ耄碌した方がよいとさえ思う。そうすればこの様な悩みの日々と 
は縁が無くなるのだから。
勿論本気には思っていない。自分亡きエブラーナを立て直すには今の国王はまだ 
未熟だと考えているし、一度壊滅状態に陥ったエブラーナも完全に復興したとは 
言えないのだ。
しかもエブラーナ城陥落を機に不穏な動きを見せている集落もあると聞く。
一時期とも気を緩めることが出来ないのが実状である。
「『上位古代文字』・・。魔法詠唱に使われるあの言葉か?」
エッジがそんなテシンの心の内を理解することなく聞いた。
「左様です。『下位古代文字』よりも更に理解に難を示すでしょう。」
いい加減に諦めてほしいと、テシンは心の奥で願う。ここであきらめの言葉を一 
言言ってほしいのだ『もうやめる』と。
しかし、次にエッジの口から出る言葉はあまりにも絶望的なものであった。
「よし!一丁やってやるか!」
威勢のいい声と共に、エッジは気合いを入れる。
(やはりダメか・・・。已むを得ん、本人にあって直接掛け合うしかなかろう。 )
既に怒る気力もなく、説得することの無駄を知っている老人は情けない自分の主 
を尻目にその場から退出するのであった。


「・・・これが『炎』の魔法の原理です。」
美しいエメラルドの髪をした少女が様々な老若男女を前に、魔法に関する弁論を 
している。
彼女こそが異国の地エブラーナ国の王が恋い焦がれる召喚士の娘リディアである。
彼女はここ召喚士の村ミストで、魔道士を目指す人々に魔術を教え、学ばせてい 
る。召喚魔法は一族伝来の魔法が故、修得させるのは不可能だが、黒魔法・白魔 
法は魔道士を目指すなら誰でも修得可能のため、それらを学ばせている。
当然、魔法を修得するのなら『魔術の生まれし場所』をいわれるミシディアで学 
べばよいのだが、世界一の魔道士と誉れ高い者の講習を是非受けたいという者が 
多く、世を救った英雄から学べば魔道士の力が早く身に付くと思った者も少なく ない。
他にもただ、美しい女性魔道士を見るだけのためにこの場にいる、ふしだらな者 
さえいた。
リディア自身としては、魔術の普及していないこの地方に魔法を教え、豊かにし 
ようと思ったために始めたつもりなのだが。
「けっ、こんな基礎中の基礎の講習なんて、天才魔道士パロム様には必要ねーよ。」
不意に彼女の講習を受けつつ、悪態をこぼす少年がいた。歳はまだ五歳。
「シッ!リディア姉様に怒られるわよ!」
隣にいた、同じ歳の少女が悪態ずく少年に叱咤する。
少女の名はポロム。パロムとは双子の姉弟であり、少々ませた性格の姉である。
また、この二人は魔道士の国ミシディア出身の魔道士で、幼いながらも強力な魔 
法を行使できる優秀な魔道士であった。
今回は研修生としてしばし、リディアの元で魔法を学ぶこととなっていた。その 
才能を更に開花させようとするミシディア長老の意向である。
「へっ、あんなオンナに嘗められちゃパロム様もお終いだぜ?長老の方がおっか 
ねえよ。」
余裕の表情を見せつけつつ、パロムは更に悪態続ける。
それを聞いたポロムはそれを制する言葉を投げかけようとしたが、あることに気 
づき沈黙した。
「どうしたんだ、ポロム?」
姉の異変に気付いたパロムが、疑問の声を投げかけたが、パロムもその意図をす 
ぐさま感じ取り、ゆっくりと視線を目の前で講師しているはずの魔道士に目をや 
ろうとする。
「げっ!」
その魔道士は自分の目の前に居た。パロムは机に足をかけ、椅子を傾けた姿勢を 
取っていたため、驚きと共に倒れそうになる。
「なにが『げっ!』ですか。罰として目の前の問題を解く!出来なければ居残り 
で魔道書の書き取り!」
リディアは毅然とした態度をとりつつも、密かに目の奥では笑っているように見 
えた。まるで悪戯をするかのような目である。
パロムはここ一週間、リディアと一緒にいたため彼女の性格は何となく理解して 
いた。
なにか、嫌な予感がする。
パロムは正直にそう思った。目の前の問題を解いたら帳消し?そのような生ぬる 
いことは無いと断言できる。
パロムは不承不承椅子から立ち上がり、目の前の黒板まで歩き、問題に目をやる。
(なになに、次の魔法の詠唱呪文を述べよ?)
問題を見て、パロムは安堵の息を一つ付く。いつも罰としてミシディアではよく 
魔道書の書き取りをしていたのでこれは得意中の得意であったのだ。
どうやら、自分の思い過ごしだったとパロムは考えを改める。そして、心改めた 
パロムは再び黒板に視線を戻し、更に問題を読む。
(楽勝楽勝!っで魔法名は・・・ケアル、レイズ、ホーリー??)
(なんで、白魔法?おいら、黒魔道士だから白魔法の詠唱呪文なんてこれっぽっ 
ちも知らねーよ!!)
問題文を見て安堵していた分、その反動は大きく、激しく動揺し、何とか呪文を 
思い浮かべようとする。白魔法の講習も受けていたので、多少なら思い出せるは 
ずと踏んで。
(ケアルは・・・アテル(癒しの)・・ヴァン(精霊)・・・だっけ?)
必死に思い浮かべて、呪文を黒板に書こうとするがそこで記憶の糸が途絶える。 
やはり、しっかりと学んでいない呪文なぞ思い出せるはずはなかった。
「分かりません・・・。」
流石にこれ以上は無理と判断したパロムは白旗をリディアに向けて振る。長老よ 
りも怖いかも知れないと、つくづく思い知らされたのだった。
「じゃ、呪文の書き取りね。これからは授業中の私語は慎むように!」
微笑みをこぼしつつも、リディアが罰を言い渡し、また注意も添えた。
「はい。」パロムは肩を落とし、つつそう素直にリディアに答えるのであった。
そして最後の授業も終え、リディアがそのパロムに分厚い魔道書を一冊手渡す。 
書き取り用としての魔道書である。しかも、パロムの苦手な白魔法に関する魔道書。
「げ〜、白魔法はおいら苦手ということ知ってこれを出すのかよ。」
うんざりとした表情で、手にある魔道書を眺めながらパロムは文句を言う。
「パロムは賢者テラさんを目指しているんでしょ?テラさんは黒魔法、白魔法を 
極めた偉大な魔道士。白魔法修得は避けて通れない道じゃないかしら?」
喉の奥で笑いつつ、リディアはそう諭す。
「ちっ、足下みやがって・・、これだからオトナは嫌なんだよ。」
相変わらず口の減らない口調でパロムは呟くが、それを聞いたリディアが「一冊 
じゃ足りなかった?」とにこやかに言うと、流石にパロムは口を紡ぐしかなかった。
「さて・・・っと。私もその間勉強していようかしら。」
書き取りを始めたパロムを見て、リディアはそう言い魔道書を一冊取り出し、パ 
ロムの隣に座る。
「リディアが勉強?その魔道書は?」
書き取りをしつつ、パロムは聞く。
「私も勉強はするわ、そして魔道書はパロムと同じ白魔法の魔道書。」
パロムはその言葉を聞いて、納得する。リディアは幻獣界で急速に己を高めた代 
償として白魔法を失ってしまったが、世が平和になって余裕が出始め、それから 
失われた白魔法を再び体得し始めたと聞いていたために。
「あとアレイズ、ケアルガ、ホーリー、だったよな?」
パロムが記憶を辿りつつ、確認を取る。
「ええ、そうよ。だけど、これぐらいの高等魔法となると精神力の魔法転化が今 
までとは異なるのよ・・。」
なかなか修得できない魔法に少々困惑の表情を見せながらリディアは言う。
魔法は初級魔法ぐらいなら、ほぼ誰でも修得可能なのだが、高等魔法はある意味 
素質も関わってくる。そのため、最悪な場合修得不可能な魔法も存在する。
故にテラなどの『賢者』は、極めて希な存在であり、偉大な存在とされている。
リディアは先程の三魔法以外の魔法は難なく修得できたのだが、その三魔法だけ 
はどうも勝手が異なるみたいでなかなか修得できないでいた。
文章よりも、その魔法を行使できる実際の人物にマナの練り方などを教わるのが 
一番修得しやすいのを知っているため、ローザに教わったのだが、やはり修得で 
きないでいた。
しかし、諦めるわけにはいかないのだ。白魔道士を目指している者がいるし、素 
質あれば高等魔法さえも修得できる者さえいるはずだ。その時、自分が何も教え 
て上げることが出来ないとなると、これ程惨めなものはないと思う。
(でも、修得できない理由は何となく理解しているのよね・・。)
リディアはポツリと心の中で呟く。実はローザとの謁見で魔法修得が出来ない原 
因は密かに分かっているのだ。
(高等魔法の行使には、強力な精神統一が必要とする。悩み無い強靱な心が聖な 
る高等魔法の修得に欠かせない−か。)
ローザに言われた言葉を思い出す。
(実は有るんだよね、悩み。しかも、簡単に伏せることが出来ないし、克服する 
のも分からない悩みが・・。)
まさに、背に手が届かないようなもどかしさを覚える、魔法修得不可の理由があ 
るのだ。
(・・・あのバカ。)
悩みの種である、その人物に心の奥でリディアは文句をつく。
「・・ディア、リディア!!」
その時、思い耽っているリディアに、何度も呼びかける声が意識を心の奥から引 
っぱり出した。
「えっ、何?」
その声で我に返ったリディアが、動揺しつつも声の主であるパロムを見やる。
「何ぼんやりしてんだ?客だぜ。」
怪訝な表情を見せながら、パロムは顎でその人物のいる所を示した。
そこには身成良い、老人が微笑みをこぼしながら立っていた。また、服装は身成 
良いといっても、どことなく異国の者を感じさせる出で立ちであった。
無論、リディアはこの人物を知っていた。先程心の中でぼやいていた人物の家臣 
である。名は確か『テシン』といったはずだ。
「お久しぶりです、テシンさん。」
リディアは椅子から立ち上がり、テシンの元まで歩み軽く頭を下げる。
「こちらこそお久しゅうございます。リディア殿。」
テシンもまた、頭を下げつつリディアに答える。
「御用は・・・って、大体分かりますけどね。」
リディアは苦笑いしつつ言う。テシンが近い日にここに訪れるのも大体予想して 
いたので、テシンの突然の訪問にも驚きはしなかった。
「はぁ、そのことなんですが・・。ここでは・・。」
テシンが額の汗を手拭いで拭き取りながら、パロムの方を横目で見やった。
「そうですね、では私の自宅でお伺いしましょうか。」
テシンの言葉の意図を解釈し、リディアが提案する。
「かたじけない。」
リディアの心配りに安堵を覚えながらテシンは礼の言葉を述べた。
しかしその時、事の運びに耳をすませながら、心の中でほくそ笑んでいる者がい 
た。
(よし、いいぞ。このままリディアが居なくなったら、即『デジョン』で逃げだ 
・・。)
パロムである。彼は口元にも笑みをこぼしながら魔道書の書き取りをしていた。
「じゃあ、そういうことだから私は家に帰るからね。」
テシンとの話がまとまったリディアが、書き取りをしているパロムに言った。
「ああ、分かった。」
真面目に書き取りをしている振りをしながら、パロムは答える。胸中としては早 
くこの場を去ってくれと懇願して。
「サボるんじゃないわよ?」
リディアがパロムの耳元まで顔を近づけ、囁くように言う。だが、静かな口調な 
ものの、凄みを帯びた言葉であった。
「わ、分かったって。」
多少、声を上澄みつつもパロムは返答する。一応、動揺を見せないようにしてい 
るつもりだ。
「怪しいけど、そう言ってる場合じゃないから・・。テシンさん行きましょうか 
?」
パロムの不審さを感じつつも、リディアは納得しテシンに伺いを立てた。また、 
テシンもリディアの言葉を承諾する旨を伝えた。
「じゃあ、行きましょう。」
リディアはテシンの了解を得ると締めくくるかのように言い、テシンと共にその 
場から出た。
パロムも横目で二人の退出を確認すると、背伸びをして大きな欠伸をする。どう 
やら、事無く済んだようだ。
「や〜っと行ったか。では早速、脱出魔法を・・・。」
当初の予定通り、パロムは『デジョン』の魔法を詠唱し始める。
「次元を斬り裂く、魔の剣よ・・・。」
「あら、魔法詠唱して何するつもりかしら?」
突然、ここにいるはずのない人物の声が背から聞こえた。パロムは一瞬心臓が飛 
び出るかのように肩をビクッとさせて、魔法を中断し、ゆっくりと声のした方を 
振り返る。まるで、音を立てたら即食いつかれるような魔物が後ろにいるかのように。
やはり、いた。考えたくはなかったが居てほしくない人物がそこにいた。分かっ 
ているが、その姿を実際に見ると、更に冷たい汗が背に流れるのだった。
勿論、その人物とはリディアをおいて他ならなかった。どうやら、彼女も瞬間魔 
法でここに移動したようだ。
「な、な、何って・・・ほら?魔法の練習だよ・・・練習。書き取りしてたら使 
えそうだったからさ・・・ハハハ。」
しどろもどろに弁解するパロムだが、その慌てぶりから説得力に欠けたそまつな 
言い訳でしかない。
「へ〜、練習ね。白魔法の勉強しているパロムがなんで『デジョン』のルーンを 
唱えていたのかしら?いつから、白魔法になったのかな、デジョン。」
惚けた振りをしつつも、リディアはパロムの弁解に疑問を投げかける。
「うう、魔法詠唱する前から居たのかよ〜。」
パロムが肩を落としこれ以上の言い訳は無用とばかり、自分のしようとしたこと 
を認める発言をした。
「私を出し抜こうなんて十年早いわ。やっぱり、パロムには番をしてもらう者が 
必要のようね。」
リディアがそう言うと、高らかに魔法を詠唱し始めた。
「人の糧として、人の従順な僕として、人に限りない恩恵をもたらす者よ、我が 
召喚に応じよ!!出よ、黄金の鳥獣チョコボ!!」
魔法の完成と共に、甲高い鳴き声が辺りに木霊させながら一匹のチョコボが、リ 
ディアの魔法により召喚された。
「いい?召喚者として命じます。この者の魔道書の書き取りが終わるまで、あな 
たは見張っているの。もし、この者が書き取りを放棄し逃げようとした場合、あ 
なたの強力な蹴りを喰らわすのよ。」
チョコボに向かってリディアが命令を下す。そして、チョコボはその言葉を理解 
したのか甲高い鳴き声を一つだし、了解の旨を伝えた。
「けっ、チョコボに見張られるなんて。おいらも堕ちたもんだぜ。」
チョコボに命令するリディアを尻目に、パロムは減らず口をたたく。
「あら、じゃあ『炎の魔神』とか『氷の女王』、それとも『幻獣神』に見張られ 
るほうが良かったのかしら?もし所望するのなら召喚するけど。」
パロムの言葉を聞いたリディアは微笑みながら、冗談とは言えない冗談を口にす 
る。パロムとしては怒りの表情ではなく、微笑みをこぼしつつ言う悪い冗談が恐 
ろしく思う。
「い、いいよ。そもそもバハムートなんてこの講義室に入らねーだろ。」
少々、尻込みしつつパロムは言った。
「じゃあ、そういうことだから頑張ってね。」
パロムのことはこれで安心できると思い、手を振りつつ、足早にリディアはその 
場から退出した。
(本当、意地悪いよな・・・。あんなのを嫁にもらうヤツって可愛そうだよ。ま 
あ、好きになるヤツもいるかどうか・・・・。)
完全に脱出を断念したパロムがポツリと心の中で呟く。心の中ぐらい好きに文句 
付けさせてもらおうと、パロムは半ば自棄になりつつ、与えられた罰をこなすの 
であった。

「どうも、お待たせしました。」
自宅の客間にテシンを通したリディアは、テシンに椅子を勧めながら謝罪の言葉 
を述べた。
「いや、リディア殿の配慮には感謝いたします。」
深く頭を下げながらいい、そしてリディアに勧められるがままにテシンは椅子に 
腰を下ろした。
「お茶をどうぞ。」
テシンが椅子にかけたと同時に、ポロムが紅茶を盆に乗せながら現れ、二人の目 
の前に置いてゆく。
「いや、どうぞお構いなく。」
テシンがポロムに対して、恐縮しつつ言った。また、テシンのその言葉にポロム 
は「いえ、お客様にこれぐらいのもてなしは当然です。」とにこやかに返した。
それから茶を配り終えたポロムは、退出の言葉を述べその場から出たのだった。
「良くできた子供ですな。しかし、何となく先程の少年と似ているような・・。 」
テシンは先程見た、口の悪い魔道士の少年を思いだした。性格は正反対なものの 
、顔と雰囲気がそれとなく似ているように感じたのだ。
「似ているのも当然ですよ、彼女ポロムとパロムは双子の姉弟なんですから。」
クスクスと笑いながら、リディアが双子の姉弟について説明した。その他にも、 
研修生としてミシディアから来ているのも説明した。
「成る程、そういうわけでありましたか。」
顎に蓄えた髭を撫でながら、テシンは頷く。
「それでは、本題に入りましょうか?」
話が一区切りした所で、リディアは本題に切り替える。ある意味仕方ないような 
、なんとも言えない表情をしつつ。
「それで、話とはエッジのことですね?」
全てを見透かしたかのようにリディアはつらつらと話を進めてゆく。また、テシ 
ンもリディアの言葉にうなだれつつも、顔を立てに振り続けた。
だが、そんな彼もただ言葉無く頷いているだけでなく、不意に意を決した表情を 
見せると、一気にリディアに質問を投げかけた。
「若の文に対する返事をすぐさま止めていただきたい!リディア殿が何を考えて 
いるのか存じませぬが、我が国は今が重要な時期、恋にうつつ抜かしている暇な 
ぞないのです!」
息を切らしつつも、テシンは一気に溜まった不満や疑問をリディアにぶつけた。 
しかも、勢いで椅子からも立ち上がっての抗議だ。
少々、テシンの剣幕に押されながらもリディアは彼を宥め、落ち着かせた。
「取り乱してしまい、申し訳有りませぬ。」
我に返って自分の失態を気づいたテシンは、謝罪しながら椅子に座った。
「テシンさんのお気持ちは十分に分かります。ですが、私は面白半分でやってい 
るわけではないのです。」
「と、申しますと?」
意外な言葉に、テシンはリディアの言葉の続きを促した。
「実は、面倒な文書を出したのはエッジを国から出させないためなのです。何故 
なら、彼の性格上、文書の返事を途絶えさせた場合、必ず私の元に押しかけにく 
るに違いないですから。」
リディアが苦笑を交えつつも説明する。確かに、あの実直な心の持ち主である国 
王はそれぐらいの行動を平然にやってのけると背筋が凍る思いをしつつテシンは 
思った。
「確か、今のエブラーナは復興に力を注いでおり、エブラーナに反感を持つ部族 
がそれに乗じて不穏な動きをしているとか・・。」
「その通りです。」
目の前の女性魔術師の情報の速さに感服しつつ、テシンはリディアの指摘を肯定 
した。
「ですから多少、国政に手を抜いていても、城主がその場から居なくという最悪 
の事態よりましと思い、私はなにかしら難しい文面の返事を書くことを思いつき 
ました。」
「城主の不在を知れば、それこそ反感を持った部族はエブラーナに雪崩れ込むこ 
ととなるでしょうね。」
リディアはテシンに淡々と語ってゆく。そしてやはり魔道士は博識であるとテシ 
ンは思いつつ聞き入っていた。
「ですが、そのことを警告した文面を送れば宜しいのでは?」
もっともな発言をテシンはする。
「いえ、それは無理です。恋文の返事を期待して文書を送るのですから、それに 
そぐわない返事を送れば、話をはぐらかせていると勘違いし、更にこの事態を軽 
視してしまう恐れがあります。」
「成る程、信憑性に欠けてしまうというわけですな?」
「それもありますが、恋い焦がれるが故に非常に冷静な判断が出来ないのもあり 
ますね。」
リディアは文書の効果、人間の心理や情報の意味などを説いてゆく。
「どうせなら、諦めてくれてくれると一番良いのですが。まさか『下位古代文字 
』まで解読するとは思いませんでした。」
エッジの行動はリディアにとって予想外だったことを、テシンに告げる。
「私も諦めてくれればと思っていたんですが、遂最近送った『上位古代文字』で 
書かれた文書もどうやら、解読するらしく・・。」
額の汗を拭きつつ、テシンはエッジの近況を言い、まるでこれからの対応をどの 
ようにしたらよいか、すがるような視線をリディアに送った。
「そうですか・・・。こうなればやや強引な手でゆくしかありませんね。」
なにやら思案する素振りをしつつ、リディアは考えた。
(この問題を解決する方法は、エッジが私に対する気持ちにケリをつけさせるの 
が一番なんだけど・・・。)
(方法は二つ。私自身がエブラーナに嫁ぐか、もしくはその逆を・・・。)
(私としては前者は絶対イヤだし・・・、となると少し可愛そうな気がするけど 
・・この方法しかないものね。)
考えがひとまとまりし、意を決した表情をしたリディアはテシンに向けてある案 
を提案した。そして、テシンはリディアのその提案に何度も頷き、終いには「成 
る程!」と言い掌を叩いて納得した。
「いやはや流石、世を救った最高魔道士ですな。少々若には辛い思いをさせてし 
まうが、国がかかっているが故仕方あるまい。」
テシンは興奮冷めやらぬ表情をして言い、その後豪快に笑い出した。
「ええ、エッジには悪いですが、これしか方法はないので仕方ないでしょう。恐 
らくあの性格からしてきっとこれは成功すると思いますよ。」
「いやしかし、リディア殿は私よりも若の性格を見切っておいでのようですなぁ 
。私としては地位的に問題あるリディア殿は若の嫁には反対しておりましたが、 
これ程まで豊富な知識と、若の行動を見切られておられると、リディア殿をエブ 
ラーナの妃として迎えても良いと思っておりますぞ!!」
「もし、この計略が失敗したらリディア殿に我がエブラーナに嫁いで頂かないと 
いけませんな〜。」
やや冗談交じりにテシンは笑い声を上げながらリディアの嫁入りを了解するよう 
な発言をする。
さすがにリディアとしても、突然のその発言に頬を赤くし二、三度反論した。テ 
シンもそのリディアの慌てぶりに笑いつつも「冗談ですよ。」と弁解する。
後は、その計画について実行日などを綿密に打ち合わせした。流石にこればかり 
はエブラーナの未来がかかっているがために真剣な話し合いが続けられた。
そして、夜更ける頃には何とか計画の目処が立ち、テシンは上機嫌でリディアの 
元から去ることができたのだった。
テシンを見送った後、リディアはささやかな夕食を取ってから湯に浸かり、後は 
自室のベッドに潜り込んだ。一日の疲れが睡魔という形で自分を夢の世界に誘う 
のだ。
しかし、今日は眠れなかった。何故なら、先程のテシンの言葉が今でも、自分の 
心を支配し、胸の鼓動を速めていているからだ。考えるのを止めようとしても、 
そう考えれば考えるほど、考えがはっきりとしてくる。終いには考えるのを止そ 
うとして顔を枕に埋めさえした。勿論、それで事が済むとは思ってはいないが、 
そうしたかった。
(今回の計画が成功すれば、エブラーナも元に戻るし、エッジも私のことに興味 
を持たなくなる。)
(エッジが私のことに興味を無くせば、私もエッジのことで悩むこともなくなる 
。そうすれば修得不可だった魔法も覚えることが出来る。)
(全てはこれで済むはず。だけど、本当に私はエッジのことで悩まなくなるのか 
な?)
(エッジの一方的な手紙だけで、私は悩んでいたのかな?私は何で悩んでいたん 
だろう?少なからず迷惑ながら私はエッジの手紙を楽しみにしていたような気も 
する・・・。)
(じゃあ、私は何に悩んでいたの?エッジと一緒に冒険しているときからずっと 
こういう気持ちで悩んでいたような気がする。)
(私はエッジのことを・・・。分からない、そうかも知れないけど、違うかも知 
れない。)
リディアがそこまで自問したが、答えは出なかった。そして、不意に枕から顔を 
上げると仰向けに上体を起こし、真っ暗で何も見えない天井を見やる。
「何考えているんだろう、私。寝よ寝よ!」
リディアは頭の中の雑念を追い払うかのようにそう言い、今度は布団を頭までか 
ぶった。
行動に出てから、少々時間がかかったがようやく睡魔が彼女を夢の世界に誘おう 
と迎えに来たのだった。
(やっと来たか・・・。)
睡魔の精霊として呼ばれる、砂の小人にそう心の奥で文句を言いつつリディアは 
、夢の世界に旅立つのであった。



作者コメント:
どうも!FF5−十二の光−から約一ヶ月。謹んでFINAL FANTASYW−恋い焦が 
れる異国の王−をお送りします。私の一番のお気に入りキャラ『リディア』を主 
演に出来ることあって気合いを入れてやってみました、いかがでしょうか?これ 
までになく、少々コミカルタッチな作風にしてみましたが、なかなかムズイです (笑)
とりあえず、前編です。