FINAL FAYSYX−十二の光− 第二章−闇の使者−【アナザ−、千年前の世界】

美しい水がせせらぐ王国として世に知られているウォータス。
町の至る所に水路が張り巡らされ、そして水車は絶え間なく回り続け、生活に恩恵をもたらしている。
また、法に厳しい国であり、犯罪という犯罪は滅多に起きることはないとされるが、裕福な土地柄のため犯罪とは、はなから無縁なのかも知れない。
そしてウォータスの町並みもそうなのだが、緩やかな丘に立つ城は特に一際美しいものがあった。
ドワーフ職人が手掛けた事もあり、その建築法は見事としか言いようはない。また、実用的にも城は効果的な作りもしていた。
例えば、門を二重にしたり、外からは見えないように投石機も設置されていたりする。
投石機は本来ならば城壁破壊のために用いるのだが、ドワーフの造った投石機は城壁破壊のものよりも幾分小さめで、命中度を重視したものである。
しかし、いくら小さくても高さのある城壁から勢いよく、射出される岩は人の頭蓋を粉々に砕くのに申し分ない。
その城壁の上で上の空の表情を浮かべた騎士が居た。
齢は二十前半といったところだろうか。
白銀の鎧を纏い、胸にはウォータスの紋が刻まれていた。
それがウォータスの誇る聖騎士団の正装だということを知らぬものはおらず、シルフィードの竜騎士以上にその姿は知れ渡っているかも知れない。
騎士の名はレイン=ディベンダー。今は聖騎士団団長を務めている。
また、その目のさめるような蒼い髪は印象強い。
その騎士の隣には美しい金色の髪を後ろにまとめ結っている女性が居た。歳も聖騎士と同年と思われる。
彼女は対照的に白い魔道士のローブで身を包み、ルーンが刻まれた魔術師の杖を持っていた。
姿からして彼女が魔術師だということは容易に見当つく。
彼女の名はサフトルティーナ=メルデン。
『水国の賢者』として世に知れ渡っている宮廷魔術師だ。
彼女は若くしながら、黒魔法、白魔法を極めており、まさに賢者の名に相応しい力を持っていた。
「信じられる?あの話・・・。」
賢者と称される女性がレインに言葉を持ちかける。
「信じるしかないだろうな、で賢者サフさんのお考えは?」
レインはからかうような口調で聞く。サフとは幼いときからサフトルティーナを呼ぶ愛称だった。
「私も信じるしかないと思うわ。時空魔法、無、十二の武器。」
実はレイン達も光の戦士に選ばれた者なのだった、故にテオ達と同じ事実を水のクリスタルから伝えられ、武器を与えられたのだ。
レインは先程のサフの言葉に納得しつつ、話題に出た剣を鞘から抜き出す。
レインの授かった武器は『エクスカリバー』。
クリスタルの話ではこの剣は聖属性武器で最強を誇る物で、またこの剣を持っているだけで肉体が癒される魔法が付加されているらしい。
今も握っているだけで体が高揚するのが分かる。
そしてサフの授かったのは『賢者の杖』。魔力強化は当然で、また魔力無効の力も備わっていた。
この杖を掲げあるルーンを唱えれば、自分の周りに全ての魔法を無効にする結界が張り巡らせるのだ。
「それにしても、サースアイの奴遅いな。」
ふとレインは話題を待ち合わせている一人の人物の話に変えた。
レインの言ったサースアイとは同じく光の戦士にして、幼なじみであり、ここウォータスの弓兵部隊長を務める者である。
そのため幼なじみの三人はウォータスの高位な身分に属していることとなる。
しばらくそうレインがぼやいているうち遠くから手を振って、こちらに走ってくる人影をレインは見つけた。
「おーい!待たせたねー。」
「遅いわよ、サースアイ。」
待ち合わせ時間に大幅に遅刻したサースアイにサフは文句をつく。
「ごめん。色々準備に戸惑ってさ、僕としては結構急いだつもりだよ。」
息を切らせつつ、サースアイは二人に謝罪した。 
部隊長を務めているとは思えない風格と口調が印象的な人物だが、
その弓の正確さをと、威力はすさまじいものをもっている。勿論その性格柄、人望に厚く、部下からの信用されている。
「で、弓はどうしたんだ。お前の背にあるのはいつもの弓と変わらないみたいだが。」
レインが伝説の武器を何処に所持しているのか質問した。
レインの言う、サースアイに授けられたのは『与一の弓』と呼ばれる最強の弓。
その矢には転移の魔法がかけられており、いつでも矢が補充される仕組みになっている。故に十ある矢が永遠に不足することは無い。
その他にも自動命中の魔法もかけられているのだが、相手の急所を狙うのは不可能とされる。
なぜなら魔物によって急所は様々な位置に存在するためである。
そのため致命傷を狙うとしたら、やはり扱う者の熟練した腕が必要となるのだ。
「え、背にあるのが『与一の弓』じゃ・・・。」
レインに指摘されたサースアイはそういい、背に手を伸ばし見るが、それと同時に驚きの声を上げ慌てふためく。
「しまった!大事な品だからサフからもらったマジックボックスにしまったんだ!」
「この前あげたどんな物でも小さくしてしまい込む、魔法道具ね。」
「その箱ごと忘れたと・・・。」
サフが魔法道具の事について話した後にレインが呆れ顔で言う。
「あの箱に、エリクサーやポーションも入っているんだ。あれを忘れたら大変だよ!」
サースアイがそう言うと同時に、すぐさま自分の部屋に向かって走り出した。
「まったく、今まで何をしていたんだか・・・。」
相変わらずの幼なじみに前途多難さをレインは早くも感じのだった。
そして、しばらくして来たサースアイと共にレイン達はフレイア王国に足を向けて出発したのだった。
とりあえず目指すはここから北東にある港町。そこから船に乗り、東に向け航海し、フレイア王国である。
何もなければ一週間もあれば余裕で着ける道のりである。
幸運の女神に微笑みかけられたのか、レイン一行は海の魔物に一度遭遇したのみで時化に襲われることもなく、
それ以外に魔物に出会うことなく無事に一週間でフレイアに到着するのであった。
 

時同じくして、ここは大地のクリスタルが守護するグランゼル王国。
今の時期は収穫の真っ盛りな季節で、農夫達が忙しそうに収穫物を穫り、荷馬車に積み込んでいる。
そろそろ、日が暮れようとも農夫達は作業を止めようとする気配を感じさせなかった。
だが、流石に日が完全に没した頃には農夫達は、自分の家族が待つ暖かな家に引き上げていった。
いつもなら農夫達は家でその疲れた体を癒すはずだが今日は違った、なぜなら今日は年一度の収穫感謝祭なのだ。
収穫の喜びと大地のクリスタルの恩恵に皆、感謝した。
人々は大量に振る舞われた馳走を食し、酒を浴びるほど煽り、踊った。
ここ『黄金の稲穂亭』も例外に漏れることなく、盛大に盛り上がっていた。席は既に満席。立って酒を飲んでいる者さえいた。
特にこの酒場で好評を博しているのがグロアと呼ばれる歌姫の歌だった。
その透き通る声は心を癒し、包み込むような歌は心を安らかな気分にさせると言われる。
今もその女性が質素な舞台でその歌声を披露していた。
「良い歌よね。」
まだ、顔に幼さを残す黒髪の少女が歌姫の歌に聴き入りつつ、同じテーブルに座るローブを着た男に話しかける。
「ああ。しかしお前には絶対似合わないだろうな、ああいうの。」
男はきつい蒸留酒に口を付けながらやや、つっかかった言い方をしながら返答した。
「うるさいわね、アンタに言われたくないわよ。音痴!」
「ああん、聴いたことあんのかよ、俺の歌!」
男の言葉に怒りを覚えた少女は反論し、またその反論に男は再び怒りながら反論する。
「聴かなくても分かるわよ、これ以上むかつくこと言うのならさっき貰った武器で息の根を止めるわよ。」
「おお、やってみろよ。言っておくが俺の武器の方が上だぜ。」
二人とも共に譲らない発言をする。
「なによ。」
「なんだよ。」
そして怒り頂点に達した二人はついに椅子から立ち上がった。
周りの客も何だと思いつつ、二人の行動に目をみはった。
酔った廻りの客にしてみれば、これ以上ない見せ物である。
「二人とも、いい加減にして下さい。」
いつの間にか歌い終えたグロアが二人の仲裁に入る。
「御免なさい、グロア。でもシェイカーが悪いんだよ。私を馬鹿にするから。」
「俺は悪くないぜ、レダには歌は似合わねえと正直に言っただけだ。」
レダと言われた少女とシェイカーと言われた二人はそれぞれグロアに弁解し、謝罪した。
また、三人のやりとりからして、三人は顔見知りだと伺える。
「まあ、いいですが・・・。喧嘩だけは止めて下さいね。」
グロアが二人に念を押し、カウンターにいるこの酒場の主人まで歩んだ。
「ではマスター、少々名残惜しいですが、しばしお別れです。」
グロアが店の主人に頭を下げ、別れの言葉を言った。
「うん、グロアちゃんに当分会えないのは寂しいが、頑張りな。」
そう言い、マスターはグロアに何か入った布袋を手渡した。
「これは・・・。」
グロアはそう言い、袋の中身を見ると五千ギル相当の金が入っていた。
「受け取れませんわ、この様な大金。いつも世話になっているご主人にこれ以上の迷惑は・・・。」
グロアが袋の中が金だと知ると、店の主人に返そうとするが、主人は首を横に振って黙って、袋の口をグロアの両手で包み込ませた。
「本当に宜しいのですか。」
マスターの行動にグロアは申し訳なさそうに言う。
「ああ、グロアちゃんは私にとって娘みたいなものだ。それぐらいの金額なんて少ないぐらいさ・・。」
主人はそう言うと目を潤ませた。そして、「元気でな。」と労いの言葉をかける。
「はい、マスターもお元気で・・。」
グロアはそこまで言うと、その場に耐えきれないかのように足早に外へ出た。
「いいの?グロア・・・。」
レダが外で涙をこぼしているグロアに言う。
「ええ、大丈夫です。私たちはクリスタルに選ばれた光の戦士、その使命は全うしなければなりません。」
グロアは涙を拭いて、強い決意を表した。
「だが、無を司る神の復活か・・・。俺達の手で本当に救えるのか?」
シェイカーがクリスタルとの会話を思い起こしながら言う。
実はこの三人、クリスタルに選ばれた戦士なのだ。
故に、それぞれは当然ながらクリスタルから武器を頂戴している。
そのため先のレダとシェイカーとの口喧嘩で出た武器とは実の所、クリスタルから授かった武器を示していたのだ。
魔法歌士のグロアは『アポロンのハープ』と呼ばれる弦楽器で出来た魔法武器を授かっていた。
グロアの魔法歌を最大限の威力に引き上げる威力を持つ。
尚、魔法歌士は吟遊詩人の歌とは異なる『魔法歌』を歌うことが出来る。『魔法歌』は吟遊詩人と歌とは違い、攻撃用の歌もある。
炎を出したり、稲妻を落としたりと黒魔法とほぼ同等の威力を持つ。
残りの二人は『アサシンダガー』という短剣と『大地のベル』と呼ばれる魔法楽器を授かっている。
前者はシーフのレダ、後者はシェイカー専用武器だ。
効果としては『アサシンダガー』は斬りつけた者の生命力と魔法力を奪い取り、『大地のベル』は自然を意のままに操ることが可能となる風水士最強武器である。
「分かりませんわ。ただ、光の戦士として選ばれた以上・・・。」
「なんとかしなきゃね!」
グロアの発言を遮り、レダが余る元気を出しつつ言った。
「ハァー・・。なんでお前なんかが光の戦士に選ばれたんだか・・。」
シェイカーが額に手を当て顔をふせた。
「アンタ、ついさっきまで他人だった私に失礼な発言ばかりだけど、実のところ私のこと何も知らないでしょ?」
レダがシェイカーに問い詰める。
レダの言う通りでクリスタルに選ばれたときに初めて三人は顔を合わせたのだ。
それまではまさしく赤の他人。
シェイカーはここより北にある村の風水士であり、グロアはさっきの酒場の歌姫。
そしてレダはトレジャーハンティングを稼業として、生活していた。
勿論三人は王直属の近衛騎士に導かれ、王に謁見したのだが、
レダだけは近衛騎士に連れられた時は連行されたものと勘違いし、「無罪だ」と訴えつつ、城に連れられたのだった。
「知らないが、大体予想はつくよ。ここに来た時「無罪だ」と喚きながら来る奴なんてな。」
先程のレダの失態を指摘しながらシェイカーは言う。
レダとしてもそれを言われたら何も言えず、ただ沈黙するしかなかった。
「まあまあ、二人とも・・。それよりも夜も更けていますし、今日は私の家で休みましょう。」
グロアが話を締めくくるかのように、自分の家で宿をとるよう二人を促す。
二人共、言い足りない雰囲気を持っていたが不承不承グロアの提案に納得し、グロアの家で宿をとるのだった。
その明朝、三人は北のシェイカーの村を目指し、そして更に北の飛竜の山を経由して北東にある港町を目指し、船でフレイア王国の港まで行くのであった。
グランゼルとフレイア両国はそう離れているものでなく、三人は三日後の夜には到着した。
 

一方その頃・・・・。
テオ達は飛空艇と呼ばれる、天駆ける船に乗っていた。
急を要するがために急遽、シルフィード王がテオ達の足として手配した乗り物だ。
お陰で、一週間以上かかる道のりをたった一日で半分以上はこなしたと思われる。
明日の夕方頃にはフレイア王国に到着するであろう。
そして風のクリスタルの啓示を受けてから一日が経とうとしている時、甲板にはファルが空を眺めていた。
日はとうに没し、満天に散らばる星々が煌めき輝いていた。
皆の前では精一杯明るさを絶やさずにしているつもりでいるが、実際の所ファルの心は不安と恐怖に支配されていた。
恐らく、何人もの人々が命を落とすに違いない。
無論、光の戦士として戦う自分たちは一番過酷で、命を落とす危険も確実に大きいだろう。
自分も死ぬのは嫌だし、師であるテオの死は絶対に見たくなかった。
二度と、身近な者が死ぬのを見たくない。
ファルは過去の忌まわしき記憶を辿りつつ、そう思った。
「何を考えておる、ファルよ・・・。」
不意にその師から声がかかった。
「お爺ちゃん・・・、じゃなく、お師匠・・・・。」
ファルがそう言おうとすると、テオは首を横に振ってそれを制した。
「無理に言わなくても良い。お前の呼びたいように呼びなさい。」
テオは優しくそう諭す。
「お前のことはよく知っておるつもりじゃ。明るく振る舞っているつもりだろうが、内心これから起ころうとしている破壊に打ち拉がれているのじゃろう・・・。」
テオはファルの心を見透かしたかのように言い、見事に言い当てられたファルは黙って頷いた。
「そうじゃろうな。幼いときからそうじゃった、皆を安心させるかのようにいつも明るく振る舞っておった。」
懐かしむかのように過去を思い出しつつ、テオは遠い目をして語った。
「お爺ちゃん・・・。」
「ん?」
テオはぽつりと口開いたファルに返答する。
「私のお父さんや、お母さんってどんな人だったの?」
ファルは今まで聞き出せなかったことをテオに聞いた。
親については一切、ファルは聞こうとはしなかった。何故なら自分の記憶には殆どないし、また聞くにも何故か勇気がいたからだ。
そのため、血は繋がってないが身内はテオだけだとファルは思っている。
幼いときから育ててもらっているし、本当の親のように優しくしてもらい、怒ってもらっている。
ファルにとっては魔道士の師でもあるが、それ以上に親としてテオはファルの中で強く存在していた。
だが、不思議にこの時本当の親のことが聞きたくなった。
自分でも何故かはよく分からない。
一瞬驚きの表情を見せたが、テオはすぐ微笑み、そして語り始めた。
「お前の両親は本当に素晴らしい方じゃった。人のために生きていた・・・と言っても過言ではないじゃろう。」
「また、共に魔術に長けておっての、召喚魔法の他にも父は黒魔法、母は白魔法を極めておった。」
テオの一言一言がファルの心に染み渡ってゆく。
「そして、魔法を良い方向で使っておった。黒魔法の破壊の力は一切、命を奪うためには使わず、白魔法は惜しみなく人々を癒すために使った。」
「まさに、魔道士の鏡じゃった。」
テオがそう言い一旦言葉を締めくくったが、ふと何かを思いだしたかのようにまた語り始めた。
「そうそう。おまえは知らんかもしれんが本当にお前のことは溺愛しておったぞ。まさしく目に入れても痛くない・・・感じじゃった。」
目尻の皺を一層深くし、テオは微笑む。
「お父さんや、お母さんはそういう人だったんだ・・。」
そう言うとファルは不意に涙がこぼれた。
誇りに思う両親だったし、そして何よりも不思議な暖かさを感じたからだ。
またその暖かさに包まれることによって、自分の存在を強く認識し、生きる勇気を与えた。
「しかし、お前の母親はたいした美人じゃったが・・・。お前は母親似では無いみたいじゃの。」
感傷に浸っているファルにテオは、唐突にそう言う。
意味は言わずとも分かるであろう。
「お爺ちゃん!それってどういう意味!!」
ファルは怒る素振りをしつつ、その場から逃げようとするテオを追いかけようとした。
だが、老体とは思えぬ俊敏さでその場を離れた師にファルは追いかけることを断念する。
しかし、ひねくれた言葉にファルはテオの暖かみを感じずにはおれなかった。
「どうか、皆が無事でありますように・・・。」
ファルは満天の星々にそう祈った。
そして、一行は予定通り次の日の夕刻にはフレイア王国に到着したのであった。
 
だが、光の戦士が集結しつつある時、闇も遂に動きを見せた。
ここは封印城と呼ばれるクーザー。
いつからここにあったのかは誰も知らず、またこの城に主がいないことは誰もが知っている事実である。
また、封印城と呼ばれるのはここに張り巡らされたクリスタルの封印があるが故に命名された俗称である。
魔道士どもの見解ではここには太古に封印された『十二の魔物』がいると言われている。
十二の魔物とは神々の戦いで暗黒神に仕えた最も強力な力を持った魔物の総称であり、
エヌオーが無に封印されたと同時にここクーザーに封印されたらしい。
しかし、クリスタルの封印は絶対に解くことはかなわず、クリスタルの封印はクリスタル自身の意志か、破壊によってのみ解くことが出来ない。
だが、入れるはずのない城に一人の人間がたたずんでいた。
人間の風貌からして魔術師と伺える。
齢は二十代後半の男。
長い黒髪を後ろに流していた。
「クリスタルの封印なぞ、時空魔法を以てすればこれほど容易いものとはな・・・。か弱き人間にしては良いものを考えたものだ・・。」
黒髪の男はそう言い、口元に冷ややかな笑みをこぼす。
「おかげで我が頼もしき先兵の封印を解くことが出来る。人間には感謝しなければなるまいな。」
男はそこまで言うと、声を上げて笑い出す。
男の目の前にはクリスタルでその身を固められた者がいた。
その表情は生ける者の恨みで歪んでおり、憎悪の瞳で虚空を睨んでいた。
「今封印を解いてやろうぞ・・。『無の魔物、ハリカルナッソス』よ!」
そう言い、男は封印解除の魔法を詠唱する。
「我が暗黒の力は無の力を与える、我が血は世を闇に閉ざす・・・。」
「我が無の力で蘇れ!無の魔物よ!!」
魔法は完成し、おびただしい暗黒のマナはそのクリスタルの魔物に流れ込んでゆく。
そして、次の瞬間激しい轟音と共にクリスタルは粉々に砕け、中の魔物がゆっくりを歩みだした。
その姿は人間の女と寸分も変わらない。
ただ、彼女を取り巻く暗黒のマナが、彼女を人間ではないことを証明するには申し分なかった。
「妾の封印を解いたのはそなたか?」
ハリカルナッソスは妖艶な笑みをこぼしつつ聞く。
「いかにも。私を忘れたかナッソスよ・・・。」
男はハリカルナッソスに臆すことなく言う。
「妾を『ナッソス』だと・・・。貴様!死にたいらしいな!」
ハリカルナッソスは猛然と怒り、魔法を詠唱し始める。
「フッ、この姿では仕方があるまい。ならば目を覚ましてやるか・・・。」
男もそう言い、魔法を詠唱し始める。
「天空を支配する神々よ、不浄なる地上に浄化の光をもたらせ。聖なる光で埋め尽くすのだ。」
ハリカルナッソスの魔法が先に完成する。
ホーリーという究極の神聖魔法。
ホーリーの力場はその男の足下に出現し、浄化の光で敵を消し去る−はずだった。
しかし、ホーリーの光はその男を避けるかのように出現し、そして天に消え去った。
「もう終わりか、ナッソスよ。では、こちらの番だ!」
男も魔法詠唱を終え、完成した。
「天空に散らばる数多の星々よ、我が声に耳を傾けるのだ。幾閃光年の時空を越え、今ここに召喚されよ!!」
完成と同時に轟音をたてながら、燃え上がる隕石がハリカルナッソス目掛けて墜ちてくる。
「な、何なのだ!この魔法は!!!」
ハリカルナッソスは初めてみる魔法に狼狽しつつ、対魔法のため体内のマナを活性しつつ魔法防御する。
止めどもなく墜ちてくるメテオはハリカルナッソスの姿が見えなくなるほど墜ち、轟音と噴煙が辺りを支配した。
「クッ、人間なぞに妾が・・・・。」
そう言うとハリカルナッソスは人間ではない何かを感じた。
先程の魔法で、今まで感じなかった特有のマナを感じ取ったのだ。
勿論、ハリカルナッソスは知っていた。
太古の昔、神々の戦いでその者の右腕として自分は動いていたのだから。
懐かしさと、復活の喜びをハリカルナッソスは感じずにはいられなかった。
「エヌオー様・・。」
ハリカルナッソスはやっとの思いでそう一言言う。
その言葉にエヌオーと呼ばれた男は軽く頷き、そして口を開いた。
「やっと、気付いたか。ナッソスよ・・・。」
「申し訳ありません!封印を解いて貰った上に度重なるエヌオー様への失言と失態・・・。
ナッソスとしてはこの命絶っても詫びねばなりません!!」
ハリカルナッソスはエヌオーの前に跪き、深く謝罪した。
「ナッソスよ。おまえに命を絶たれても我は困るのだ、我が右腕としてまた働けばそれでよい。今度こそ世を無に還し、世界をあるべき姿に戻すのだ。」
エヌオーは表情を変えず言う。
「御意でございます。では私が他の者の封印を解くと致しましょう。」
「頼むとしよう。」
ハリカルナッソスの提案にエヌオーは承諾する。
「しかし、エヌオー様。なぜ、その者の肉体を破って復活なされないのですか?」
ハリカルナッソスは初めから疑問だった事柄に触れる。
「復活なぞ、いつでも容易い。しかし完全復活前に復活しても、クリスタル共に居場所を知られ何かとやりづらいだけだ・・・。」
エヌオーはハリカルナッソスの問いに淡々と答える。
「成る程、クリスタルは人間のマナがありふれるこの世界では人間の姿を借りているエヌオー様の所在を特定できない。
そして無の力の固まりである真の姿に戻ればクリスタル共に容易に発見され、動きづらい・・・・。」
「とすると、まだ完全復活の兆しは・・・・。」
ハリカルナッソスはエヌオーに静かに訪ねる。
「まだ、ない。」
エヌオーはそう言い魔法を詠唱し始める。
「では、その間エヌオー様はどちらに。」
「太古の人間の生み出した、命のない破壊神を復活させようと思ってな。」
含み笑いをしつつ、エヌオーはハリカルナッソスの問いに答えた。
ナッソスはエヌオーにその言葉の意味も問いたが、エヌオーは「じきに分かる。」とだけ言いそれ以上何も答えなかった。
そして、エヌオーは魔法を完成させる。
「次元を切り裂く魔の剣よ!その刃で無への扉を開くのだ!!」
すると、エヌオーの前の空間が一瞬揺らぎ、ゆっくりと真っ暗な空間が口を開けた。
「これは・・・。」
ハリカルナッソスが時空間を開いた魔法を聞く。
「『デジョン』と呼ばれる、無への回廊の入り口を開く魔法らしい。これによってクリスタルの封印を無視し、ここに来たのだ。」
「この様な魔法が・・・。」
メテオに続き、デジョンなどあの人間にそのような魔法を開発する知識があることをハリカルナッソスは正直に驚く。
「まあ、この者がこの魔法を行使したおかげで、この世界に関与できるようにもなったんだがな。」
エヌオーに笑みが消えることはない。
人間の愚かさ、そして復活した喜びに酔いしれている様子だった。
「まったく、愚かなものよ。クリスタルの封印していた魔法を解き、
そして時空間の扉を開いたおかげで私に支配され、自分の世界を無に変えようとしている。」
「しかも、この者は無の世界に我が封印されてるのを承知で、無への扉を開いたのだ、己の知識欲に駆られた故にな。」
「そして、この結果だ・・・・。まったく笑いが止まらん!シャティオが護った世界の住人がこれだ!!
クリスタルになったとはいえ、既に貴様の存在がないお前が今の状況を見たらなんと思うか!そう考えるだけでも愉快だ!」
エヌオーはそこまで言うと豪快に笑う。
今は無きシャティオの意識に聞かせるかのように。
「では、ハリカルナッソス任せたぞ。後は好きなようにしろ、世界を無と化すのだ!」
そう言い、次元の狭間にエヌオーは姿を消した。
その後、十二の魔物が二万をいう月日から放たれ、そして悪夢が始まったのだ。




作者コメント:
ええっと、お気づきかと思いますけど人数の関係から場面が何度も変わっておりますので混乱なされないように気をつけて下さいねぇ〜
闇の復活!ですね