FINALFANTASY−英雄王−前編
スタイナーは顔に笑みを浮かばせ、抱きしめあう二人を見守っていた。
その二人のうち一人は、このアレクサンドリアの女王ガーネット・ティル・アレクサンドリア17世、そしてもう一人が元盗賊を稼業としていたジタン・トライバルという男だ。
二人は人々の歓声の中にいた。
普通なら、突然のことに騒然としてしまうはずだが、アレクサンドリア王女のあの姿からあの英雄の名を皆見出したのだ。この世に平和をもたらした最後の英雄・・・、ジタンを。
だが何故、彼の名前が世間に知れ渡っているのか?
その理由として上げられるのは『霧という名の闇を切り裂いた英雄達』といわれる叙事詩。吟遊詩人の間では人気を博す詩として各諸国で頻繁に歌われている。
今では、この詩を知らぬものは居ない。
この世に霧という魔が人々に迫れり
霧は目の前を曇らせ人々を暗闇に誘おうとす
だが、その闇を聖なる光をもって立ち向かう英雄あり
一人はアレクサンドリアの銀の騎士スタイナー
断罪の剣を持って立ち向かいけり
一人は孤高の赤髪拳士サラマンダー
修羅の拳を持って立ち向かいけり
一人は忘れらるる地から現れし召喚士エーコ
光の巨人を従え立ち向かいけり
一人は食を極めんとすク族のクイナ
蒼き魔道の力で立ち向かいけり
一人はブルメシアの竜騎士フライヤ
竜の牙より鋭き槍を携え立ち向かいけり
一人はアレクサンドリアの王女ガーネット
竜王と闇の巨人を従え立ち向かいけり
一人は黒魔法を極めし天才魔道士ビビ
天空よりメテオを召喚し立ち向かいけり
そして、最後の英雄
イーファの大樹に今も眠る英雄
ガーネット姫は今でも慕い続ける
だが最後の英雄はそれを知らず眠り続けるなり
悠久の果てに忘れられし英雄
その名はジタン・・・
伝説になりかけた英雄はゆっくりとガーネットから身を離す。
「ただいま・・。チョット帰りが遅くなってしまってゴメンな。」
まだ幼さを残す顔にいらずらっぽい笑みをこぼしながら言った。
「ジタンの馬鹿・・。私がどれくらい心配したか分かる?どれくらい待ったか分かる?どれくらい悲しい思いをしたか分かる?」
そうガーネットは言うと2,3回ジタンの厚い胸板を拳でたたき、涙を浮かべジタンの胸に顔を埋めた。
ジタンも優しく彼女の黒髪をなで、抱いた。
「どうやって助かったの・・。」
ガーネットが顔を上げ聞く。
「助かったんじゃない、生きようとしたんだ・・・・。」
「そして生きようとして歌ったんだ・・・・。」
「あの歌を・・・。」
そこまで言うと彼は満面の笑みを彼女に見せた。
そして彼らに唐突に声がかかる。
「えーい、ジタン離れんか!英雄とはいえ女王様にそのような行為許されんぞ!!」
にぎやかな金属音と共に鋼鉄の騎士が現れたのだ。
もちろん、それがスタイナーだと言うまでもない。
ガーネットは歓喜のあまり人前だということを完全に忘れていたため、スタイナーの声で我に返った途端ジタンを突き飛ばすかのように離れ、顔を真っ赤に染めた。
「おっさん、もう少し雰囲気をだな・・・。」
ジタンがスタイナーに文句の一つでも言おうと思ったら、また再びジタンに声がかかる。
「生きてると思ったぞ、心配をかけおって。」
「ふん、あのくらいでくたばると思ってなかったがな。」
フライヤとサラマンダーである。
フライヤはやや急ぎ足で、サラマンダーは頭を掻きながらやや面倒くさそうに歩み寄ってきた。
「あーん、私のダーリンが!!」
「まだ、あきらめてないアルか・・。」
エーコとクイナも続く。
「いいじゃないですか、スタイナー。」
最後にベアクリトスがスタイナーをなだめながら現れた。
「みんな・・・。」
ジタンは3年ぶりの仲間の再会に目を細める。
「感動の再会はいいんですが、ここではどうかと・・・。」
ベアトリクスがそう言い、ガーネットに視線を送る。
ガーネットが辺りを見回すと、確かに感動の再会の場には程遠い。
観衆が事の運びに興味本位で見物している。
「そうですね、皆さん城の方へ・・・・。」
ガーネットはベアトリクスの提案に賛同し、皆に城の方へ赴くよう促す。
勿論、誰も否定する理由もないし、むしろ案内されて逆に皆、安堵した。
そして、ベアトリクスを先導にして、皆はガーネットの言うとおりアレクサンドリア城の城門へ足を運んだ。
ベアトリクスは城門近くの詰め所にいる兵士に関門を命じ、門を開いたのを確認するとその場に待機して、城主の帰還を待つ。
ガーネットはスタイナーと共にゆっくりと城に入り、仲間達はその後に続いた、そして最後にベアトリクスが一番後尾を務める。
仲間達は謁見の間ではなく、直接ガーネットの私室に通された。王族の者さえ、そのような非常識なことはあり得ないことで、この英雄達がどの国の王族よりも大切な者達だということが伺える。
しかも私室と言っても王家の部屋である、一般の家が丸々入る広さだ。
ガーネットは、皆が入り、ベアトリクスとスタイナーが部屋の扉を閉めるのを確認すると、一つ大きなため息をついてから言った。
「みんな、ゴメンね。大衆の前ではちゃんと威厳を保たないといけないから、偉そうな口調で言ってしまって・・・。」
「いや、仕方がない事じゃ。王族たる者、あれくらいの威厳がなくてはならん。」
フライヤが愛用の槍を壁に立てかけ、椅子に腰を下ろしながら言う。
「もっとも・・。」
サラマンダーが言いかけた途端。
「ジタンとみんなの前で抱きしめあっちゃ、威厳も何もないけどね!」
エーコがサラマンダーの代弁をするかのように言い、サラマンダーに視線を合わせた。
してやられたサラマンダーは一つ舌打ちをし、背を向け、そんなサラマンダーにエーコは喉の奥で笑う。
「そう言えばジタン居ないアルな・・。」
クイナが周りを見渡しながら言った。
確かにジタンの姿は見えない。
「ふん、どうせ、他の娘に気取られ、何処かへ行ってしまったに違いない。」
スタイナーが腕組みしながら文句を言う。
「誰がだ。」
文句をつくスタイナーに扉越しに声がかかる。
スタイナーは一瞬驚いた表情をするがすぐさま、扉を豪快に開け、その場にいる者に指を指し言った。
「おまえだ!!!」
その場にいたのは言うまでもなくジタン。
ジタンはスタイナーを無視して中に入り、スタイナーはジタンの素っ気ない態度に腹を立てるが、怒りをこらえ、扉を閉めた。
「ジタン、どうしたの?」
ガーネットが少しジタンが何処に行っていたのかを気にしながら、問いかける。
すると、ジタンは何も言わず満面の笑みを浮かべながら、ガーネットの手のひらにそっとある物を手渡した。
「これは・・・。」
手渡された物を見てガーネットはジタンが何処へ行ったのか、すぐ理解した。
それは先程落とした、ガーネットのペンダント。
勿論、普通の品物ではない、代々アレクサンドリア王女は身に付けなければならない、命にも代えがたい大切な物だった。
ジタンはステージの上でずっと自分のことを見ていたのだ、故にペンダントを落としたのも気付き、皆が行った後、探したのだろう。
「お姫様。大事な落とし物でございます、高価な物ゆえ、拝借しようと思いましたが、私にはさらなる大事な物があるので・・・。」
ジタンはかしこまりながら、そう言った後、ゆっくり顔を上げ、片目を閉じる素振りをした。
「ごめんなさい、ジタン。私・・・。」
ガーネットがそう言いかけると、「はいはい、イチャイチャするのなら二人だけの時にしましょうね!」とエーコが言葉を遮った。
エーコは非常に気分を害しているような感じだったが、他の仲間達はすでになれているような表情だった。
だが、決していい雰囲気ではない。
ジタンをガーネットは互いに顔を見合わせた後、ガーネットは恥ずかしがりながら、ジタンは納得いかないような表情でそれぞれの席に着いた。
部屋の中央にある大きな丸テーブルに、ガーネット、ジタン、クイナ、エーコ、フライヤが着き、ベアトリクスとスタイナーは扉の前で立ったまま、サラマンダーはテーブルの近くで壁に背を傾け、立っている。
皆が落ち着いたところで、ガーネットが言葉を出した。
「みんな、久しぶりです。」
「本当に久しぶりじゃ、ブルメシア再興にまだまだ目処がつかなくてな。すまぬ。」
フライヤがそう言い、頭を軽く下げる。
「しかし、エーコとは久しい感じはせぬな。」
「それは、そうよ!お父さんが私をいつも新型飛空艇が出来ては乗せ、散歩だと言っては乗せ、旅行に行くといっては乗せるのよ!」
エーコはそう文句を言い、「世界のことで知らないことはもう無いわよ!」と更に付け加えた。
実際、ガーネット自体もエーコとは、ほぼ月一回には必ず会っている。多いときには4、5回も会ったときもある。勿論、シド大公も一緒でだ。
「クイナとも、懐かしい感じはしないわね。」
エーコが更に機嫌悪く言う。
「それは、そうアルよ、ワタシここの料理長務めてアルから・・。」
クイナはエーコにやや気圧され気味に言う。
「私が懐かしいと思うのは、ジタンとサラマンダーぐらいかしら。」
その答えに、サラマンダーはフンッと悪態をつき、ジタンは恥ずかしがりながら頭を掻く素振りをした。
「して、ジタンよ実際お主は、どのようにして脱出したのだ?」
フライヤがいきなり核心に迫る。
「それは俺も聞きたいな。」
サラマンダーがやっと口を開き、会話に興味を持つ。
「もしかしたら、アイツに助けられたのかな?」
ジタンが答えのようで、答えでもないような曖昧な返答をする。
「アイツ?もしかしてクジャのこと?」
ガーネットがジタンに問いかける。
「ああ。隠してもしょうがないし、みんなに全てを言うよ。」
そしてジタンは語った。
「あの後、俺はクジャを見つけた。そして、クジャ共々俺は一端、イーファの根の襲撃を受け、ほぼ封印されている状態になってしまったんだ。」
「あの、狂える根の襲撃を受け、よく助かったな。」
サラマンダーがもっともな意見を投げかける。
「ああ、直前にクジャが『ファイガ』の魔法をかけて根の直撃を押さえたんだ、根は炎を嫌うかのように俺達の周りを囲み、固まっていったよ。」
ジタンの答えに、「なるほどな・・。」といい、サラマンダーは納得した。
「それでどうしたの?」
ガーネットがジタンの言葉を促す。
「その後が大変だった、手持ちの短剣だけではまさに焼け石に水さ・・。何度根を抉っても、根ばかり。最初はクジャも黒魔法で助けてくれたんだが、だんだんクジャが衰弱してきてさ、手持ちの回復薬では手が付けられなくなってしまったんだ。」
「それで?」
エーコが興味津々の表情でジタンの話に耳を傾ける。
「最終的にクジャはある提案をした。」
「どのような案じゃ。」
フライヤが聞く。
「衰弱していない俺が魔法を使うこと・・・。」
「なんと!!」
スタイナーがついに声を上げた、当然皆も驚く。
「使う魔法は、『ダテレポ』という瞬間移動魔法の奥義。」
「『ダテレポ』といえば、どんな遠方へでも瞬時に移動できる瞬間移動魔法の最高位に位置すものだわ。」
ガーネットが驚愕の表情を浮かべ言う。
それもその筈だ、この魔法は今では誰も行使できるものはいない、文献上の大魔道士が扱うことが出来たと言うが、実際使えたどうかは定かではない。
まさに、伝説の魔法である。
「で、成功したのか?」
スタイナーが聞く。
「いや、そんなはずはないな。成功しているのなら瞬時にこの世界の何処かに脱出しているはずだ。未完成で世界の果てに飛ばされたとしても、ここに来るのに3年はかからん。」
サラマンダーがもっともな指摘をする。
「まったく、アンタにはかなわないぜ。」
ジタンがサラマンダーの指摘にあきれた表情で返答する。
「その通り、結果は失敗。しかも俺は魔法が使えないから、クジャとの二人掛けの魔法だったんだ、またクジャもこの魔法を使うのは初めてだったらしい。」
「細かく、結果を言うと、クジャだけが瞬間移動し、俺だけが取り残された。」
「ならばどうやって、脱出をしたのじゃ。」
フライヤが問う。
「クジャは移動してしまう際、俺に緑色に輝く宝石を手渡したんだ、『この魔法で脱出するんだ、私にも使えたんだ君にも使える』といってね。」
「いい加減に教えろ!もったいぶらせおって!」
スタイナーが機嫌を損ねながら聞く。
「物事には順番があるのですから、それを辿っていかないと。」
スタイナーの言葉にベアトリクスが忠告する。
「その魔法は『アルテマ』。」
ジタンが静かに言う。
その言葉を聞き、仲間達は騒然とする。
『アルテマ』。魔法の中でまさに至高の存在であり、黒魔法の奥義である『メテオ』、『フレア』とは比べものにもならない破壊力を示す。
実際、この魔法に自分たちは為す術もなく敗退し、テラもこの魔法で崩壊寸前まで追いつめた。
「そして、クジャの手渡した宝石こそ、『アルテマ』修得の媒体となるものなんだ。」
「そうか、『アルテマ』を修得するための時間だったのか、この3年は。」
サラマンダーは答えを見つけたかに言う。
「その通りだ。」
ジタンはサラマンダーの答えを肯定する。
「でも、3年全てを修得するために費やした訳じゃないんだ。」
ジタンが言う。
「実際の修得期間は2年ちょっと、そしてアルテマで脱出した後、脱出したクジャと会った。クジャも俺を助けるためにイーファの樹に出向いたらしい。」
「クジャは何処にいたの?」
ガーネットが話に少しずれて聞く。
「黒魔道士の村の近くにある山岳地帯の村だと聞いた。」
「そこで、2年半近く養生し、その後助けに向かい、途中であったと言う感じかな。」
ジタンが細かく事情を説明する。
「そのあと、俺達は黒魔道士の村に向かって、ビビにあった。ここで、残り半年を費やしたのかな。」
「そう言えば、アイツ大丈夫なの?」
エーコが無邪気に聞く。
「ビビの子供達から聞かなかったのか?一ヶ月前に・・・。」
ジタンはそこで声を詰まらせる。
「え、だって子供達は体調を悪くして、これなくなったって・・。」
エーコが愕然となる。
「わしもそう聞いたぞ。」
フライヤが立ち上がり言う。
「なんとビビ殿が!!!」
スタイナーも完全に取り乱して言う。
サラマンダーは何も言わず、クイナは何も言わず突然立ち上がり、ベアトリクスは哀悼を示すかのように顔を下げた。
「そんな・・・、ウソでしょ・・・。ビビが・・・。」
すでにガーネットは瞼から涙がこぼれ落ちていた。
「きっと、子供達は『死』を知らないんだろうな、俺達が埋葬しても、『どうして、お父さんは動かなくなったの、いつ直るの』って聞いていたからな。」
ジタンもすでに眼が潤んでいた。
「あの時、俺は教えてやれなかった・・、もう動かないことも、死んでしまうことの意味も。」
「ビビの動かなくなる前兆は俺達に会ってから、すぐ現れたんだ。最初は目が霞むといって、しばらくして今度は手足にしびれる感触があると訴え始めた。勿論ビビには分かっていた。だからクジャに頼んだんだ、自分が生きた証拠を、記憶を継ぐ存在を作ってほしいって。」
「クジャは快く引き受けたよ、そして、同時にビビの延命活動も行った。」
ジタンは語り続ける。
「クジャはビビの分身を五体作り上げると、ビビに見せ、そしてビビはその分身達に全てを語った。自分が感じたことや、体験したこと、生きることの意味を。」
「だけど、延命活動にも限界が来た。そこまで来ると、ビビは首を横に振って、やめるように促した。」
「最後に、クジャに父親代わりを頼んでそして最後にビビは言ったよ。」
『僕の記憶を、空に預けることにするよ。』
『ありがとう。』
『さようなら・・・。』
「・・・てね。」
ジタンはそこまで言うと完全に沈黙した。
ガーネットは静かに泣き、エーコは叫ぶかのように泣いた。
スタイナーも瞼に腕を当てて、肩を揺らし泣いた。
フライヤは手を組み、冥福を祈った。
あの陽気なク族のクイナも、初めて寂しげな表情をしてうつむいた。
サラマンダーは表情には出さず、ただ顔を伏せただけだった。
かくして、一行は友の再会を果たし、またジタンを取り巻く全ての謎が解き明かし、そして英雄と呼ばれた小さな少年のはかない命を失った衝撃と事実を受けなければならなかった。
その後は、気が向かないもののささやかな食事をとり、皆、与えられた寝床へ就いた。
ガーネットは私室のベランダにいた。
少し肌寒い夜風が彼女の肌をなで、しなやかな彼女の美しい黒髪を舞わせた。
空には満天の星空があった。
数多の星屑が彼女に煌めき、吸い込まれるような真っ暗な闇は彼女を星空に誘うような錯覚を覚えさせた。
しかし、いつもは彼女をいやしてくれるこの星空が、今では寂しさを感じさせる。
やはり、あの黒魔道士の少年が頭から離れないからだろう。
記憶からは消したくないけど、この苦しみは耐え難い、だけど忘れるわけには行かない。
矛盾した感情が彼女の心を葛藤していた。
「眠れないのかい?」
そんな彼女に不意に声がかかる。
「女の子の部屋にはいるのは悪いかなと思ったけど、心配でさ。」
闇の中からジタンが姿を現す。
「ジタン・・・。」
彼を見つけるとすぐさま抱きついた。
彼が癒してくれると、勇気を与えてくれると願って。
「すまない、知っていると思って黙っていて。」
「そんなことない。ちゃんと言ってくれたし、いろんな事教えてくれた。」
ガーネットが彼を抱きしめながら言う。
「私、やっぱりだめかな?王女なのに世界のこと詳しく知らないし、仲間がどうなったかさえ分からないんだから。」
「そんなことはないさ。ここ三年間でこの広いアレクサンドリア王国を復興させ、人々に希望と勇気を与えたのは紛れもなく君自身の力なのだから。」
「逆に言えば、復興に手一杯だったから世界に目を向けることが出来ないのは当然じゃないかな。君はアレクサンドリアの人々を導いていかなければならない、そうだろ?」
ジタンは優しく、ガーネットに問いかける。
「そうかもしれない・・。けど!」
「なら、いいじゃないか。人々を救うのに王女だからこうでなければならないという理由はいらないと思うぜ。」
ジタンはそこまでいうと微笑み、ゆっくりとガーネットを離した。
「大事なのは、人を救うこと。」
「そして、そのことに理由はいらないこと。」
「また、君にはまだ救わなければならない人々がいて、しかも君に救いを求める人がまだいると言うこと。」
「君は人々から求められているし、君は人々を実際救い続けている。」
「これこそ、王女たる、いや人間が最も大切にしなければならないことじゃないかな。」
ジタンは淡々とガーネットに語る。
「分かったわ。ジタン、ありがとう勇気をくれて。」
ガーネットは瞼を潤ませながら微笑む。
「・・・、あふれる涙は、輝く勇気に変えて・・・・。」
ガーネットは呟く。
「そう、君がいつも歌っているあの歌を忘れなければ、きっと大丈夫さ。」
しばらく二人は見つめ合い、沈黙した。
そして、ジタンがゆっくりを口を開いた。
「実は君に聞いてほしいことがある。」
ジタンが真剣な眼差しで言う。
「ベアトリクス。入ってもいいぜ。」
するとジタンの言葉と共に、ベアトリクスが静かに扉の向こうから現れた。
「申し訳ありません。失礼だと思いましたが、白騎士団長が故に見逃すわけには・・・。」
ベアトリクスが謝罪しながら言う。
「ジタンは、そんなことはしません!」
ガーネットが機嫌を損ね、ベアトリクスの行動を非難する。
「仕方がないさ。それよりも、二人とも聞いてほしい。」
「俺は、ここの王になりたい。」
ジタンが表情を崩さず、はっきりとした口調で言う。
当然ながらいきなりの出来事に二人は沈黙する。
「ジタン殿、それは本気で申しているのでしょうか?そして、その意味も。」
しばらくの沈黙の後ベアトリクスが静かに問う。
「ああ、俺はガーネットを守っていきたい。一生!勿論、王になるにも生半可な気持ちではない、ここに来たのもその決意の表れだ。」
ジタンの言葉には強い意志と決意が感じられた。
ガーネットはジタンの言葉の意味はすぐ分かった、結婚してくれと言っているようなものである。
まさか、結婚を申し込まれると思わなかった。彼は自由をこよなく好み、束縛を嫌っていたから。
「君と一緒になるには俺が王になるしかない、自由を求めても君にはアレクサンドリアがあるが故にここを離れることもできないし、何よりも君自身がそれを望んでいる。」
「一緒にならなくても、会えるが、いつかは君も結婚しよう、正直言って俺にはそれが耐えられない。」
ジタンは心の内を語ってゆく。
「そして、王になればもっと人々を救えるし、なによりも俺はガーネットを救いたい。」
ジタンはそこまで言うと大きく息を吐いた。
「やはり・・・、いつかはこのときが来ると思いました。しかも、ジタン殿は全世界の英雄的存在。おそらく、異を論ずるものもほぼいないでしょう。ただ・・・。」
ベアトリクスがそこで言葉を濁す。
「アレクサンダーの試練ですね・・・。」
ガーネットはぽつりを言う。その表情は険しい。
「ええ、王を血縁外の者に即位させる場合、聖なる審判を受けなければならないと。」
ベアトリクスがガーネットの意見に相づちをうつ。
「その、試練とやらを受ければなれるんだろ、王に。」
ジタンがやや軽い言葉で受け流す。
「馬鹿な!生きて帰れるか分からないほど過酷な試練ですぞ、初代アレクサンドリア1世は、この試練に打ち勝つのに十年の歳月を費やしたとか・・・。」
ベアトリクスが血相を変え言う。
「しかも、帰らぬ者も大勢いたとされます。まさしく、初代アレクサンドリア王は聖王の名にふさわしい人物だと聞きます。それ以来、王子が生まれなかったことはないらしく、現在まで、その血を絶やすことがなかったのですが。」
ガーネットも暗い表情で言う。
「だけど、王女には試練とかはないのか?」
ジタンは問う。
「洗礼の儀式はありますが、試練はありません。後世に血縁を残すには必ず王が必要ですから。」
ガーネットは返答した。
ジタンも納得する。
「だけど、結局はその試練受けなければならないんだろ?どんなに言われても俺はやるぜ。」
ジタンがそう言うと、ガーネットは目に涙を浮かべ訴えた。
「お願い、やめて!もしあなたが死んでしまったら、それこそ私は希望を失ってしまう、それに十年間もあなたにまた会えなくなるなんて、とても耐えられない!」
そんな彼女にジタンは優しく肩を抱き、言った。
「好き勝手なことを言ってゴメン、ただ君とずっと一緒にいたいんだ、だから、俺のことを信じてほしい、必ず生きて帰る、早く帰ってくる。」
そして、ゆっくりと彼女から離れる。
ガーネットはジタンの言葉に涙をこぼしながら頷いた。
「ただ、お願い今日だけ一緒にして。あなたの顔を忘れないように、あなたのぬくもりを忘れないように・・・。」
ガーネットの言葉に、ジタンも頷いた。
「では、明朝城の最上階までお越し下さい。試練の準備をさせてお待ちしています。」
ベアトリクスはそう言い、そのまま二人を残して退室した。