FINAL FANTASY IV プロローグ

雲一つもない青空にいくつかの点が見える。その点は規則正しく並んでおり、緩やかに飛行していた。
鳥ではない、これらははるか上空を飛行しており、地上からこの大きさで確認できるということは、かなり大きな物体といえよう。
またこれらは船の形をしており、名前を天かける船「飛空艇」と呼ばれている。
軍事国家バロンはこの飛空艇を軍隊「赤い翼」として取り入れ、最強軍事国家に成り立ったのである。
その最強と謳われる飛空艇団「赤い翼」が今上空にいる。
その甲板には若干二十という若さでこの飛空艇団と暗黒騎士団の部隊長を務めるものがいた。若者の名前はセシルという。
セシルは上の空でいた、先ほどの任務をも含め自分が仕えるバロン王への軍事方針への不服のためである。
そしてそんな彼に唐突に声がかかる。
「セシル隊長、まもなくバロン国に到着します。」
「そうか・・・。」
セシルは単調に部下に返答する。
「そのご様子ではやはり隊長も・・・。」
セシルの様子を気にかけてか、不安げにいう。
「いくら命令とはいえ、罪のない者から・・・。」
そう言いかけると、他の方から声が飛んだ。
「我らは誇り高き飛空艇団、無抵抗なものから略奪など!」
彼は先ほど終えた任務に憤りを覚え、ついに耐え切れず吐き出した様子であった。
「やめるんだ!!」
セシルは間を入れずに叫んだ。
「陛下はクリスタルはバロンの繁栄になくてはならないものであるとお考えであり、
ミシディアの民はクリスタルの秘密を知りすぎているという陛下のご判断だ。決して略奪ではない!」
「それに我らは陛下の言葉には絶対なのだ・・・。」
最後に付け加えた言葉にはとても空虚感があった。
もちろん自分でも実感できたし何よりも周りにいる部下たちが一番自分の気持ちを感じ取れたに違いないと思う。
その時・・・。
「敵襲だー!」
部下の叫びにより今まで重く沈んでいた空間に緊張感が走った。
「総員戦闘配備!」セシルはすぐに気持ちを入れ替え戦闘態勢を整えた。
すぐに敵を確認できた。敵は真正面から現れたのだ。
敵は怪物であった、それも五十は超えよう大群である。
「第一、第二隊砲撃開始!」
セシルの声で砲撃が始まった。狙いは違わず怪物の群れに命中し、怪物の過半数以上は肉片となって海へ落ちていった。
これで逃げ帰ると思ったが、敵は仲間が多数死んでもひるむことなく群れを進めてきた。
敵の移動力は意外と高いらしく、すぐに近距離まで近づいてきた。そのため大砲が使えず白兵戦を強いられる事になった。
               フロータイボール
セシルにも怪物が襲ってきた。大きな一つ目の怪物である。
しかしセシルは腰に差している暗黒剣には手を触れず、代わりに腰にぶら下がっている袋から二つの道具を取り出した。
一つは赤い色をした何かの動物に牙であり、もう一つは青い牙だった。そしてそのうちの一つを天にかざして叫んだ。
「封じられし古代の火竜の鉄をも溶かす灼熱の息よ!今こそ己の牙によって発現すべし!」
するとセシルのかざした牙から強烈な熱風とともに恐ろしいまでの炎が放出され、
その炎に飲み込まれた一つ目の怪物たちは消し炭と化して無残な最期を遂げた。
                    ズー
しかし、その範囲に入らなかった顔に口しかついていない鳥の格好をした怪物は、
それを狙い目にセシルに襲い掛かろうとしていた。
セシルはすかさずもう片方の青い牙を取り出し叫ぶ。
「封じられし古代の雷竜の天を切り裂く咆哮よ!今こそ己の牙によって発現すべし!」
すると今度は、牙から眩しいばかりの閃光が放たれ怪鳥は電撃に撃たれた。
そして、怪鳥は燻りを上げそのまま墜落し海へ没した。
どうやらそれが最後だったらしく、隊員たちは手負いのものを介抱したりしていた。
「みんな無事か?」
セシルは息を大きく一回吐き出してから皆に言った。すぐに隊員の一人が確認を取り、軽傷者一人と報告した。
「しかしこのごろ怪物がいやに多く出現するな・・・。」と隊員の一人がぼやく。
セシルも同感だった。このごろでは見たことのない怪物も多く出現するようになったし、
何よりも普段はおとなしいはずの怪物や動物も人々を襲うようになった。自分ではなにか不吉な事の前触れと考えている。
「セシル隊長、バロン国上空に到着しました。」
思いに耽っているセシルに隊員の声が届く。少し反応に送れセシルは総員に命令する。
「着陸体勢を取れ、そして今日はゆっくり休め」と。

バロン王国。
最強の軍事国家であり、その戦力はジェラルダイン王の治める異国の地、エブラーナを凌ぐと言われる。
バロン国は八つの軍団で構成されており、
飛空艇団・暗黒騎士団・竜騎士団・近衛騎士団・陸兵団・海兵団・白魔道士団・黒魔道士団にわかれている。
特に飛空艇団「赤い翼」は超エリート集団であり、その機動性は竜騎士団の飛竜をも凌ぐ。
そのため以前までバロン国一の強さを誇っていた竜騎士団は今では二の次の実力集団となっている。
また、つい最近設立した暗黒騎士団もかなりの戦闘力をもっている。
彼らは特別な集団であり、負の力を身に付けている。
しかし、誰もが簡単に騎士団に編入できるものではない。
騎士団に編入するには暗黒剣の試練を受けなくてはならず、暗黒剣を携えるには膨大な精神力と体力を必要とするため、
並大抵の者は自我を失ったり、命を落としたりした。そのため、今現在の騎士団員の数はとても乏しい。
他にもバロン国は、他国より優れた点がある。それは何といってもこの街並みであろう。
バロン国より北西に位置するトロイア国も、清い水が流れる並木の美しい緑が豊富な国だが、
バロンはまたそれとは違う雰囲気がある美しさがある。
きれいに整った家々、褐色のレンガで整えられた街道、
そしてトロイアに劣らぬ透き通った水がせせらぐ水路や小高い丘に雄大に聳え立つバロン城など、
軍事国家を思わせない風景が成り立っている。
そして今その雄大な城に六機の飛空挺が降りたった。
セシルは今、城門の前に立っている二人の衛兵たちに開門を命じた。
すぐに衛兵たちは命にしたがい門を開き、それと同時に一人の人物が近衛兵とともに出迎えた。
「おお、セシル殿、よくご無事で。」
「ベイガン殿。」
ベイガンと呼ばれたこの人物はバロン国の近衛騎士団長を務めており、セシルよりも十五、年上の先輩である。
見習いのときはよく彼から戦術やさまざまな計略を教えてもらったり、剣の稽古の相手をしてくれた良き先輩である。
なぜか年下のセシルに敬語を使うのが彼の癖であり、セシルを呼ぶときも「セシル殿」と呼ぶ。
セシルはそんな彼にその呼び方をやめるように言ってるのだが、やめようとしない。
「ベイガン殿、いいかげんにその呼び方やめてください。」
セシルは苦笑いしながらいう。
「いえ。血のつながりがないとはいえ、陛下がご子息のように大事にされている方を
呼び捨てにするなど近衛隊長にあってはならぬ行為だと自分は考えておりますので。」
そう言うとふと何かに気付くいたかのようにベイガンはセシルの顔をまじまじと見た。
「それにしてもさえない顔をしていますが、何かあったのですか。」
「ミシディアの民はまるで無抵抗だった・・・。」
セシルは生気がないような声で言った。
「何を言っているのです、セシル殿。」
にこやかにそう微笑みながら言うと、突然思い出したかのように手を打った。
「セシル殿、こうしているわけにはございません。陛下にこの朗報を伝えなければ。」
ベイガンはそう言うとセシルを促し、王の謁見の間へ向かった。
王の謁見の間の前までくると、ベイガンはまた思い出したかのように手をたたき、
セシルにこの場にしばし待機するように言い残し、先に謁見の間に入った。
謁見の間に入ると、今までのベイガンの笑顔は瞬時にして変わり、とても険しい表情になった。
そしてそのベイガンの視線にはこの城の主、エナフェル王の姿があった。
そしてベイガンは、内密な話なのか、直に王の耳元に近づき耳打ちした。
本来ならばあってはならない行為なのだが、王は事情を知っているらしく何も咎めなかった。
「陛下。セシルめが陛下に不信を抱いているようです・・・。」
「それは誠か!」
王がそう言うとベイガンは静かに首を縦に振った。
「しかしクリスタルが手に入ったならよい。通せ。」
ベイガンは「はっ。」と言うと入り口にいる近衛兵に通すように命令する。
それに応じて近衛兵たちは、入り口を開けた。そして外で待機していたセシルにお入りくださいといった。
それに従いセシルは謁見の間に入った。
セシルは王の玉座の前まで歩み出るとその場で片膝をつき、かしこまった。
王はセシルに面を上げるよう言い、話を切り出した。
「この度の任務ご苦労であった。ではクリスタルを・・・。」
「はっ、ここに・・・。」
セシルは持っていた箱から、まばゆく輝くクリスタルを取り出した。
クリスタルの色は青く澄みきっており、たたえている輝きもこの世のものとは思えない輝きを放っていた。
ベイガンはセシルのもとまで歩み寄り、セシルが手にするクリスタルを受け取った。そして王に受け渡す。
「おお、これこそクリスタル。セシルよ、よくやった下がってよいぞ。」
王はクリスタルに釘付けでおり、セシルにすぐ退室を命じた。
しかしセシルは思いつめた表情をしており、命に従わなかった。そして意を決したかの表情を見せると王に向かって進言した。
「陛下!」
謁見の間にセシルの声が響き渡る。
「な、何だ。」王はセシルが退室したものだと思っていたため少し動揺した口調になった。
「陛下はこのようなことがよかれと思っているのですか!無抵抗な民から略奪してまでそのクリスタルは必要なのですか?
皆、不思議がっております!」
セシルは今までためてた分を一挙に吐き出したかのように言った。
「自分を始めとしてか?」
そのような言葉からセシルは体に冷たいものが走ったような錯覚を覚える。
「?!!決してそんなことは。」
そんな狼狽するセシルに王は言う。
「わしが何も知らないと思っておったか!セシルよ、おまえたるものがこのわしを信頼しておらぬとはな。
残念だがこれ以上、飛空挺団は任せておれんな。セシルをおまえから飛空艇団部隊長の任を解く!」
謁見の間に、王の厳しい声が木霊する。
「陛下!」
セシルは叫ぶ。
だがこの叫びは自分の地位の剥奪によってのものではなく、王の自分に対しての受け取りの違いを伝えようとする叫びであった。
だが、王はそれを無視するがごとく話しはじめる。
「これよりおまえを幻獣討伐の任に就かせる。
城より北西に位置する霧がたちこむ谷に、幻獣が出没するらしい、それをそなたが退治せよ。」
その時セシルの後方より声が発せられた。
「陛下!」
そう叫んだのは一人の竜騎士だった。もちろん、セシルはこの者を知っていた。
彼の名はカイン=ハイウィンド、セシルの幼なじみであり、良きライバルである。
そしてこれ以上ない親友でもある。またカインは竜騎士団部隊長を務めている。
「セシルはそんなことを・・・。」
カインがそう言いかけると、王はそのカインの進言を遮るかのように言う。
「そんなに心配ならカインも一緒に討伐に行くがよい。それとこれをミストの村に届けよ。」
王はセシルに、鈍く光る赤い宝石を埋め込まれた腕輪を手渡した。
「陛下!」今度は二人で叫んだ。
「出発は明朝だ。後、おまえたちに話すことは無い、下がれ!」
王は一括するかのように言う。それと同時に側にいた近衛兵が動き出しセシルとカインを無理矢理退室させた。
その後セシルはまた叫んだ。王の心に直接訴えるかのように、「陛下!」と。

「まあ、そんなに気を落とすな。」カインがセシルを思ってか、ねぎらいの言葉をかける。
「ああ・・・。」セシルはカインの心遣いに気を使い、無理に笑顔を作りながら言う。
「きっとこの任務を終えればきっともとの任に就けるさ、陛下のおっしゃった通り、明朝出発するから身支度を整えておけよ。」
「分かっている。」
セシルはそう一言言うとカインのもとから去った。
いつも歩いている廊下ががやけに広く、そして長く感じた。
セシルはその長く感じる廊下を視線を落としながら歩いてた、
目もうつろで端から見れば夢遊病者が歩いていると勘違いされるだろう。
もちろん彼の頭の中では王の急変のことでいっぱいであった。
つい最近の魔物の異常発生からバロン王は変わった。
一時期、セシルは魔物と王が摩り替わったと思ったが、すぐに思い立った。
王は昔「斬鉄剣」で知られる幻獣「オーディン」を一騎打ちで打ち倒したのだ.。
その王が魔物で殺られる訳が無いはずだからだ。
しかし、王は変わった。セシルにもその理由が分からない、だがその理由を必ず自分の手で解明したいと思っていた、
どんなにその道が険しく、この廊下のように長かろうと。
いつのまにかセシルはある階段の近くまで来ていた。
いろいろ頭の中を整理していたからであろう、そのおかげだ最初は長く感じた道のりがなんとなく短く感じとれた。
そして立ち止まったこの階段には思い出があった。
昔セシルが暗黒騎士団の騎士任命式を終え、この階段に差し掛かったとき一人の少女に会ったことである。
セシルはその少女の名を知っていた。なぜなら幼なじみであり、そしてその少女にほのかな恋心を抱いていたからだ。
その時彼女、ローザはセシルを見るなり抱きついてきた、セシルはその彼女の唐突な行動に狼狽した。
しかしセシルはそのまま言葉を交わさずしばらくそのままでいた、
なぜならその時懐かしさと同時に愛おしさも感じたからだった。
しばらくして彼女は落ち着いたらしく自ら離れた。
それからその場でしばらく彼女と昔のことや、将来の願望などを話した。
特に、このバロンに来た理由はセシルには分からなかった。
セシルが彼女にその理由を聞いても、ただ自分が白魔道士になったことしか語ってくれず、
理由のことに関しては一切教えてくれなかった。
しかし五年ぶりのローザとの再開がうれしかった、そして毎日会えることも。
ローザと会えなくなったのは暗黒騎士団編入のための試練のためと暗黒騎士団の中での
正騎士になるための訓練と試験のためであった。
セシル自身も直接会いたかったが、正騎士になるまでは外界との接触を固く禁じられており、
その制約を破ると即刻、正騎士としての資格を失うため会うことも手紙でのやりとりもができなかったのである。
そんな思い出に浸っている彼の背から唐突に声がかかる。
「セシル!」
ローザだった。今まで彼女の思い出に浸っていたため、セシルは一瞬、心臓が止まるぐらいの衝動にかられた。
「ローザか・・・。」
セシルは落ち着きを取り戻しながら答える。
「どうしたのセシル?任務を終えてかえってきたと思ったら幻獣討伐の任務で明日立つなんて・・・。」
不安な顔でローザはセシルの顔を覗き込む。セシルはローザの言葉ではっとなり、ローザから顔を背ける。
「後であなたの部屋へ行くわ。」
ローザはセシルの今の心境を見透かしたかのようにいった。
「ああ・・・。」セシルは力なく返答し、立ち去るローザを見送った。
ローザの姿が見えなくなると再びセシルは階段を昇り始めた。
そして階段を昇り終えると木製の扉があり、セシルはその扉の取っ手を掴み外へ出る。
外に出た途端、眩しい日差しがセシル目を刺した。
薄暗い階段から外へ出たせいか、そのあまりにもの眩しさにセシルは目がくらんだ。
そのためセシルは、しばらく視力の回復を待った、そしてだんだんゆっくりと回復しはじめた目で、
細目になりながらもその青空を見上げる。
雲一つも無い青空である。
そのあまりもの透き通った青さは先ほどのクリスタル以上に感じた。
その果てしなく透き通った大空を見ていると、今までの気分が少しだけ晴れたような気がしてきた。
もう少しこうしていたかったが、いろいろな旅の準備や支度があるからあまり悠長にしてられないし、
明日の体調確保のために今日はいち早く休まなければならないため見上げた視線をゆっくり落とした。
そしてまたセシルは歩きはじめた、するといきなり頭上から声がかかった。
重低音だが、はりのある大きな声である。
思わず頭上を見上げた。その声の主は見張り台にいた。
シドであった。彼こそが飛空艇の生みの親であり、発明者である。
いわば彼の発明によってこの軍事国家が成立したといっても過言ではない。
まさしくこのバロン国のなかでは一番の栄誉のある人物に違いなく、高い地位に就く人物でもあった。
しかし、シドはそんな名誉や地位におごることなく生活している。
服装だってオイルまみれになっている作業着を毎日着用しているし、仕事も毎日のように弟子達としている。
仕事ばかりしていて苦痛でないかと本人に聞くと、こう曰く「これは仕事じゃない、趣味なんだ。
だからこそ毎日こう没頭できるのだ」と。
あきれるにはあきれるが、しかしこれこそがシドの魅力であり、彼の人柄である。
「おお、セシル。帰ってきておったのか、心配しておったぞ。」と、シドは自慢の歯を見せながら言う。
「ああ、心配かけてすまない。」
「ワシではない、ローザがじゃ。」
腕組みをしながらニヤッと口元に笑みを浮かべ、からかうように言う。
「・・・シド!!」
喉を詰まらせながらセシルが言う。
そのセシルの動揺している姿の滑稽さにシドは大きな声で笑う。
「悪い悪いセシル。しかしローザは本当におまえのことを心配しておったぞ。
わしに2、3回ぐらいセシルが帰ってきたかと尋ねてくるぐらいにな。」
「そうか・・・。」
セシルは心苦しかった。
自分の心境が思わしくないといえ、ただえさえ心配していた彼女にますます不安がらせる素振りをとってしまったからだった。
「ん、どうしたセシル。その表情から見るとローザに会ったな?
しかもその表情からあまり思わしくない態度を取ったな、よいか、もしローザを悲しませることが会ったらこのわしが許さんぞ!」
片目をつぶり、また白い歯を見せながら言う。
「そうそう、わしのかわいい飛空艇はどうしておる。
おまえの部下は荒っぽくていかん、またエンジンに穴を開けたり、プロペラを海に落としてないだろうな。」
「ああ、それなら大丈夫だ。それにこの後は僕の監視下に無くなるしな・・・。」
最後の言葉だけは力無くセシルは言う。
「?!!どういうことじゃセシル、監視下になくなるというのは。」
「実は・・・。」
セシルはさっき謁見の間であったことをすべてシドに告げた、もちろん明日の幻獣討伐のことも。
「何とそんなことが・・・。セシル以外に赤い翼を仕切れるやつがこのバロンにいるものか。
最近の王はどうかしておる、この前も最新型の飛空艇を作れとか、わしは飛空艇を人殺しの道具にしたくないんじゃよ。」
シドはうなだれながら言う。
「わしは家に帰る、最近家に帰らなくて娘がうるさくてな。
まあ、幻獣などおまえの暗黒剣で一撃じゃ、ローザを心配させぬよう一日でも早く帰ってくるのじゃぞ。」
そう言ってシドはセシルの元から去った。
「さてと・・・。」
セシルはそう言ってから、背伸びをするような仕種を見せて再び歩き出した。
セシルが自分の部屋の前まで来ると一人の女性が自分の部屋から出てくるのが見えた。いつものメイドだ。
「あっ、セシル様。部屋のベットのシーツを変えておきました。
何でも明日の早朝また発たれるとか、ぐっすりとお休みになられるとよいでしょう。」
「ああ、ありがとう。そうさせてもらう。」
セシルがにこやかにそう言うと、その娘もにこやかに微笑み、一礼してセシルから去った。
セシルは自分の部屋に入ると腰に差している暗黒剣を壁に立てかけ、
漆黒の鎧も投げ捨てるかのように床に置くと、軽く身支度を整え、そのままベットの中へ潜った。
何もかも忘れたかった、眠ればきっとその間だけでも忘れると思ったから、セシルはいち早く眠ろうとベットへ潜ったのだった。
しかし眠れなかった、王の急変、そしてその王の目的、クリスタルの意味、
世界の行く末、考えたくなくてもどんどんセシルの深層意識から湧き出るかのように出てくる
「なぜ陛下は・・・。」そう思った瞬間セシルは意識が徐々にはっきりするのを感じた。
「ねむっていたのか・・・。」
セシルはゆっくりと上体を起こす。
あたりはもう真っ暗だった、そのしんとした真夜中の沈黙がしばらく続く、しかしその沈黙は誰かの足音にかき消される、
規則性のある、そしてゆっくりとした歩調だ。
そしてその足音はセシルの部屋の目の前で止まり、軽くドアをノックした。
「セシル、起きている?」
ドアの向こうから中の様子を伺う。
「ああ、起きてる、入ってくれ。」
そうセシルが言うとドアの向こうから声をかけた少女がゆっくりドアの向こうから姿をあらわす。ローザだった。
「夜会いに来るといったが、まさかこんな夜更けにくるとはな。」
セシルが苦笑いしながら言う。
「ごめんなさい。まさかこんなに白魔法の研究と白魔術論述会に時間かけると思わなかったから・・・。」
ローザは手に、論文や魔術書を抱えながらうんざりしたように言う。
バロンは魔法に関してまだ発展途上のため、日々魔道士達が深夜遅くまで研究している。
しかしまだその成果なく、まだ実用の目処がまだ立っていない。
はるか東の魔術の国、ミシディアでは回復の上級魔法ケアルガや、核融合魔法フレアが発見されてるのに対し、
バロンでは回復の初級魔法ケアル、攻撃三大魔法の初級編のファイア、サンダー、ブリザド止まりである。
近々、白魔道士団では蘇生魔法レイズが一般化されると聞くが定かではない。
「で、何の用だ。」
セシルが唐突に聞く。
「任務から帰ってきてからすぐまた新たな任務に明日、出発するっていうし。
それにあなたの様子が変だったからその原因を聞きたくて・・・。」
「いや、何でもないんだ。」
セシルはそういってローザに背を向ける。しかし、そういったセシルの表情にはあらかさまに不安の影が見て取れた。
「ならこっちを向いて!!」叫ぶようにローザが言う。
セシルは彼女のその勢いで正面に向いた。
おとなしい彼女がこんなに感情あらわにして怒ることはめったに無い、そのためセシルは無言だが驚いた表情をした。
そしてしばらくしてローザが口を開く。
「ごめんなさい、いきなり怒鳴ったりして。」
「いや、いいんだ。こんな冷徹な僕のことだ。」
セシルは言葉を続ける。
「僕は無抵抗な人々をこの手で・・・!」
セシルそう言い血の出るほど拳を握った。
「いずれ僕はこの暗黒騎士の姿同様、心も・・・。」
そこでセシルは言い留まった、口に出せなかった、なぜなら本当になりかけていると自分では多少なりとも自覚してたからだ。
「あなたはそんな人ではないわ・・・。」
ローザはそういって優しくセシルの握り拳を両手で覆った。
「しかし、所詮、間違った行いをしている陛下に逆らえない、臆病な暗黒騎士さ。」
セシルがそう言うと、ローザは険しい顔になり、セシルから手を放し、今度はローザが背を向けた。
「私の知っている赤い翼のセシルはそんな弱音を吐かない!私の・・・、好きなセシルは・・・。」
ローザの横顔には天窓からの淡い月光があたっていた。そのため、いつもよりもっと神秘的に、そして美しく見えた。
また、かすかだがその彼女の頬が朱に染まっているように見えた。
「ローザ・・・。」
セシルは彼女からそんな言葉が出ると思わなかったため多少困惑したが、
ローザの気持ちが言葉とともに強く心に伝わったように感じた。
そしてローザは言葉を続ける。
「もしあなたに何かあったら、私・・・・。」
そこでローザは言葉を詰まらせ、顔をうつむせた。
なぜなら思いたくないことだし、何よりもセシルを不安がらせてしまいそうだからだ。
するとセシルがそっとローザの肩を優しく抱いた。彼女の小さな肩は震えていた。
「大丈夫だ、カインも一緒だ。」
ローザを安心させるかのように少し笑みを見せて、セシルは言った。
ローザはその言葉を聞くと、セシルの厚い胸に顔を寄せた。しばらく会えない彼に今の時間だけ十分に甘えたかったからだ。
そして彼女は心の奥から思った、「このまま時間が止まってくれれば・・・。」と。
しばし二人から言葉がなくなり、二人だけの時間が流れた。
そしてセシルがつぶやくように言った。
「もう夜も遅い、君は休むんだ・・・。」
ローザはゆっくりうなずきセシルの元から離れ、ドアの方に向かって歩いていって、ドアの手前で立ち止まった。
そして「気を付けてね・・・。」と一言、不安ながら言うとドアを開けて去った。
セシルはローザが出ていったドアを眺め、消えていくローザの足音を聞きながらつぶやいた。
「所詮、僕は暗黒騎士。君とは・・・。」

未知の力があふれ、万物の象徴ともいえるクリスタル。その輝きは美しくもあり、また不思議に懐かしささえも感じさせる。
しかし、その輝きに陰りが見え始めていた。
それは、白日の下に現れはじめた幾多の魔物のことか、それともバロンに潜む黒き影を映し出しているのか、
もしくは別の暗黒を示しているのか。

ただクリスタルは何も答えず、その自らの光をたたえていた・・・。