FINALFANTASY−英雄王−後編


あれから五年も経つ。未だにクリスタルを監視し続けている宮廷魔術師からジタン帰還の言葉が聞こえてこない。
ガーネットは私室の窓から、澄みきった青空を見上げながらため息をついた。
はたして、この五年間で彼のためにため息を何度ついただろうか。
だが、ジタンが帰ってこないことは、今でも試練を受けていることになるため彼は生きていることになる。
生きていることは嬉しいのだが、早く帰ってこないのも恨めしい。
そう考えると、またガーネットはひとつため息をつく。
そして近くのテーブルに置いていた紅茶を手にして、ゆっくりと口に運ぶ。
まさしくその時だった。
突如激しく、扉を叩く音がした。
普通ならばこのような無礼なことは許されず、最悪の場合その場で首を撥ねられても仕方がない行為なのだが、現状ではその行為は許されていた。
ガーネットはいきなりのことで、手に持っていたティーカップを落としそうになったが、事の重大さが伺える今ではそんなことを気にしている場合ではなかった。
「ガーネット様、いらっしゃいますか?ガーネット様!」
しきりに自分を呼ぶのは宮廷魔術師のアレヴィスに違いなかった。
もしやと、ガーネットは期待に胸を躍らせながら扉に向かい、すぐさま扉を開いた。
「アレヴィス、もしかしてジタンが!!」
興奮しながらガーネットは老魔術師に問う。
「左様でございます、帰還なされましたジタン殿が!」
老魔術師も興奮冷めやらぬ表情で言う。
その言葉を聞いたガーネットはすぐさま駆け出そうとしたが、老魔術師がそれを制し、代わりに魔法を詠唱し始めた。
ガーネットは老魔術師の意図をすぐに理解し、その魔法を受け入れる体勢を取った。
「風の精霊よ、その力を持って我が決めたる場所に導け!」
魔法は完成し、ガーネットと老魔術師の姿はその場から消え去った。
そして、移動が終えたガーネットが最初に眼に飛び込んだのは、立ちつくしている彼の姿だった。
彼、ジタンは澄み切った青空をじっと眺めていた。
悠然と広がる青空を久しく感じているようだった。
「ジタン・・・!」
不意にジタンに声がかかった。あの老魔術師が瞬間魔法で移動してきたのだろうか、ジタンはいきなり現れた彼女に驚きの表情を浮かべたが、すぐに彼女に向けて、微笑みを浮かべた。
すでにガーネットは駆け出していた。
ジタンもまた、向かってくるガーネットその場で待ち、両手を一杯に広げた。
そして、ガーネットはジタンの胸に飛び込み、力一杯抱きしめた。
五年前のあの時と同じだった。
頭の中が真っ白になり、ただ彼の胸に飛び込もうとする。
ジタンとの間にある階段も、駆け上がるのに邪魔だとばかりに靴を脱ぎ捨て、一気に駆け上がった。
駆け上がった先には彼がいた、ガーネットは無我夢中で飛び込んだ。
ジタンは優しく彼女を包み込んだ。
彼のたくましい腕が自分を包み込み、自分は彼の厚い胸板に顔を埋め、存在感を確かめた。
夢じゃない・・・。ガーネットは実感した。
「ただいま・・。チョット帰りが遅くなってしまってゴメンな。」
彼は五年前の再会時と同じ事を言った。
その言葉で、ガーネットの目が潤み始めた。
「ううん、あなたは私との約束を守ってきてくれた。生きて帰ってきたし、早く帰ってきた・・・。」
「ありがとう・・・・。」
そう言うと再び、ガーネットは彼の胸に顔を埋めた。
ジタンも抱きしめている彼女の髪を二、三度なで言った。
「ダガー・・、いやガーネット。」
「会いたかった・・・。」
美しく澄みきったクリスタルの尖塔を背景に抱きしめあっている二人はまさしく清らかで、神聖さを感じさせた。
まさしく、このアレクサンドリア王にふさわしい人物だと宮廷魔術師アレヴィスは再び確信し、思った。

戴冠式はジタン帰還後から一週間後に執り行われた。
実はアレクサンドリア王選定会議はジタンが試練に行った後すぐに数回に分け行われていた。
試練だけでは王には勿論なれない、城の重鎮達を納得させ、さらに国民の支持がどれくらいあるかも議会しなければならなかった。
王としての資質もあるのかという議題も上がっていた。
だが、騎士団からはベアトリクス、スタイナーという実力者からの支持があり、また魔術師や国政を総括している宮廷魔術師のアレヴィスもジタンを強く押していたため、異論を唱えるものはほぼいなかった。
実際、世界を救った英雄が王になることは国政面からも有利といえ、その時点からすでに異論を唱えるものはいなかったかもしれない。
結局、最終的には全ての重鎮達を納得させ、満了一致でジタンがアレクサンドリア王となるのが可決されたのだった。
ジタンはそんな議会があったのもまったく知らなく、試練さえ全うすればよいと思っていた。
ジタンの考えは間違っていないが、人間には様々な考えを持つ人がいる。
もし、城の者殆どが納得しなければ、謀反を起こすこともあり得るのだ。
だが、ジタンの場合は選定会議と言っても、報告会に近いものがあった。異論を唱えるにも英雄の上、ガーネット姫が愛する人物、しかも、最高騎士二人に、宮廷魔術師からも支持されていたのだから。
「うーん、これ似合うか?」
ここは王族専用の控え室。
ジタンは真っ白の聖衣に、マントを身にまとい、更に頭には王冠をかぶっていた。
自分の格好を気にしながら椅子に座っているガーネットへ聞く。
「まあまあ・・・かな?」
ガーネットは口に手をやりながら、喉の奥で笑いながら言う。
「まあまあ・・・ね。」
ガーネットの返答に不安を覚えながらジタンは言う。
「冗談よ、冗談!ステキよ、私の王様!」
ガーネットは両手を広げながら言う。
「で、私の方はどうかしら?似合うかしら?」
彼女は椅子から立ち上がり、自らの容姿をジタンに見せた。
彼女は白い胸元の開いたドレスを身につけ、頭にはティアラをかぶっている。
あのペンダントも彼女の胸元で輝きをたたえていた。
また、五年の歳月が彼女を少女から女性に変えていた。
そのためジタンはしばらく、彼女に見とれてしまう。
「どうですか、ご感想を!」
返答のないジタンに強く言い詰めた。
「本当に、綺麗になったよなガーネット・・・。」
まだ、見とれているジタンが正直な感想を漏らす。
ガーネットもその感想を聞いて、つい頬を真っ赤に染めた。
その時、二、三度扉を叩く音がした。同時にベアトリクスの声がする。
「いかがですか、お召しになられたでしょうか?」
「ええ、入ってもいいわ。」
ガーネットが入室を許可する。それと同時に肘をジタンに何度か当て、意識を現実世界に呼び戻す。
「失礼します。」
ベアトリクスが畏まりながら扉を開け、中に入ってきた。
「陛下、ガーネット様。ブルメシア王、王女の御両方をご案内、お連れしました。」
そう言うと、扉の向こうからフラットレイとフライヤが姿を見せた。
「ジタン、試練に打ち勝ち、王になるとは流石じゃ。」
「おめでとう、君が王になってくれるとブルメシアとしても心強い。」
フラットレイ、フライヤがそれぞれ祝いの言葉を述べる。
「ありがとう、だけどブルメシア王、王女って。」
ジタンが誰かに説明を促す。
「そうか、ジタンは知らないはずよね。今から一年半ぐらい前かな。ブルメシアはある程度の復旧の目処が立ち始めたので、王と王女を選出することを決めたの。」
ガーネットが語り始めるがそこからフライヤが代わりに話し始める。
「目処とは、各地に散らばった国民の確保と城の再建、騎士団の再編成のことじゃ。ここから後の法の再施行や、国の再構想、再建などは王という指導者がいなければならなくてな、それで選出し、戴冠した訳じゃ。」
「私たちは国民から圧倒的に支持され、なることができました。私たちは皆の期待に背くことのない行政をしていこうと思っています。」
フライヤ、フラットレイがブルメシアへの意気込みをみせなら言った。
「俺がいない間に色々あったんだな・・・・、あなた達がブルメシアの王、王女になってくれるのはこのアレクサンドリアとしても心強いことです。」
ジタンがフラットレイと握手しながら言う。
「その同盟にわがリンドブルムも混ぜていただけないですかな・・。」
突然、扉の向こうからリンドブルムの国王であるシド大公が姿を現した。
「シドのおっさん!!」
ジタンが懐かしさのあまりつい、昔のような言葉遣いになってしまった。
その後、ガーネットから注意を受け、すぐさま訂正し非礼を詫びた。
「よいよい、その方がジタンらしいからな。」
シドも懐かしさが故に眼を細めながら言う。
「しかし、冗談は抜きにして今の話受けてはいただけないかね。」
シドは改めて指導者の顔に戻り言った。
「勿論、ブルメシアとも。」
「私たちは構いません。が、財務的に厳しい我らとの同盟締結は何も有益なことはありませんよ。」
フラットレイも冷静に返答した。
「その通り、ジタンのアレクサンドリアも同盟締結となると話は変わるぞ。」
フライヤが続く。
「言っておくが、さっきの話は立前の話じゃない。本気で言っているんだ。」
ジタンもまた真面目な顔に戻り言う。
「有益、無益なんて関係ない。共に手を取り合って国を築き上げていき、最終的に平和な世界を築き上げるんだ。」
ジタンは続けて言った。
「ジタンと同感ですな、世界三大大国がここで同盟を締結すれば、国同士の争いもなくなり、自由に貿易、援助ができる。世界の平和を願っての同盟ですぞ、フラットレイ殿。」
シドはゆっくりとした口調で、フラットレイの言葉を促した。
「分かりました。我が竜の槍、皆様に預けましょう。」
フラットレイがしばらく思案した後、同盟に参加する旨を伝えた。
「ならば、我がアレクサンドリアも聖なるクリスタルを。」
「では、我らリンドブルムは天かける船、飛空艇を。」
ジタンとシドがそれぞれ言い、最後に「同盟の証として、預けましょう。」と言った。
まさに三大王国の同盟締結の瞬間である。
だが、その横でガーネットがふてくされていたのは言うまでもない。
その後、和やかな雰囲気に戻り、様々な雑談をかわし、しばらくして戴冠式開式の知らせがきた。
皆が立ち上がり、式場を目指す。
その時、ふとジタンはシド大公のそばにあの無邪気な少女がいないのに気づいた。
このようなときに現れないはずがない。
そっと、廊下を歩きながらガーネットに訳を聞いてみる。おそらくこの五年間で何かがあったと睨んで。
「エーコ、どうしたんだ?」
「あなたが試練に行った後に『幻獣界』に行ったわ。」
ガーネットが歩きながら手短に言う。
「それは、何処に?何しに行ったんだ?」
ジタンがガーネットに問う。
「後で話すわ、それよりもちゃんとしてね、国民の前で何話すか決めているの?」
式場を目の前にガーネットがジタンに聞く。
勿論、何も考えていなかった。ガーネットの言葉にハッとしたがもう遅い、すぐそこで国民の歓声が聞こえていた。
沸き上がった歓声からしきりに「英雄王」「ジタン」という言葉を連呼され、新たな国王の登場を待っていた。
覚悟を決めるしかない。ジタンはそう心の中で思うと、アレクサンドリアの国民の前に躍り出たのであった。
皆、若き国王の登場で更に沸き上がり、歓声も高まった。
ジタンもまた、見下ろす先にいるアレクサンドリアの国民に手を振り、笑顔で歓声に答える。
だが、この後、しどろもどろのジタンの挨拶が始まるのことは、この時まだ誰も知らない。

ジタンは控え室にいた。すでに、戴冠式は終えている。
息の詰まるような衣服を脱ぎ捨て、王冠もうんざりとした表情ではずす。
しかし、腰に下げていた剣だけは外さなかった。
なぜならこれこそがアレクサンダーが言った最強の剣なのだから。
この戴冠式の始まる二、三日前にジタンとガーネットはハーデスの元へ向かった。
本当ならば一国の王女たるガーネットが、国を離れることは許されることではないが、ハーデスのかけた禁呪を破るにはどうしても『デスペル』という魔法解除魔法が不可欠なのである。
故に、その魔法を行使できるガーネットは必然的に必要となるのだ。
しかし、気になるには、二人だけで出かけた理由である。
普通ならば兵士や騎士、将軍などを同行されるはずなのだが、二人は強くそれに反対した。
そして、ジタン達が帰ってきたのは戴冠式の始まる前夜。手には光り輝く剣を持っていた。
ジタンが言うには『ライトブリンガー』と呼ばれるクリスタルで出来た聖剣らしい。
実際、その切れ味は『ラグナロク』、真の『エクスカリバー』とは比べものにはならなく、まさしく最強剣の名に相応しい武器であった。
ジタンはその最強剣を少し横にずらすと、椅子にため息と共に座り込んだ。
「どうしたのジタン、国王最初の仕事はいかがでした?」
ガーネットがティアラを外し、ジタンの横の椅子に腰掛けながら悪戯っぽく聞く。
「最悪だよ、頭が真っ白になって自分があの時、何を話したさえもはっきり覚えてない。」
頭を抱えながらジタンは言う。
「いえいえ、名言でしたよ『誰かを助けるに理由はいるのだろうか?』なんて特に。」
ガーネットがジタンの素振りを真似しながら言い、その後喉の奥で笑った。
彼女、こんな性格だっただろうか?自分とは対照的な彼女に恨めしそうな表情を浮かべながらジタンはそう思った。
ガーネットはそんな彼の表情から、自分の悪ふざけに度が過ぎたと思い、正直に頭を下げて謝る。
「だけど、うれしい・・・。」
ガーネットがぽつりと言った。
「ジタンが側にいてくれる、こんなに近くにそしてずっとこれからも・・・。」
ガーネットはジタンに頭を傾けながら言う。
「でも、この五年間は生きている心地がしなかったわ、生きているのか、いつ帰ってくるのか・・・。」
「本当に悪いと思っているよ、待っているのがどれほどつらいか、不安なのかは想像もつかないが酷くガーネットに心配かけたと思ってる。」
ジタンがガーネットの肩にそっと手を回しながら言う。
「だけど、君が待っていると思うと試練に屈するわけにはいかないと力が湧き出たんだ。最後の試練はガーネットのおかげだといっても過言じゃない。」
「本当に?私も役に立てた?」
ガーネットの漆黒の瞳がジタンを捕らえながら言う。
「ああ、本当さ。ガーネットのおかげで早く来れたし、生き残れた。」
ジタンが微笑みながら答える。
そして、ジタンとガーネットは目をつぶり、お互いの唇を・・・重ねるはずだった。
その時、あのけたたましい金属音が雰囲気を台無しにし、二人の時間はもろくも音を立てて崩れ去った。
またしても、邪魔が入った。
これから入ってくるだろう、あの騎士にどう文句を言ってやろうとジタンは考えを巡らせるのであった。
しかし、この後のスタイナーから出た言葉は二人に衝撃を走らせたのであった。
最後の闇との決戦が今まさに始まろうとしていた。

ジタンは完全装備で馬の背に跨り、とある村に向かっていた。
後方にはガーネット姫、ベアトリクス将軍がついてきている。スタイナーには城の警護を任せているため、ここに姿はない。
いや、スタイナーどころか騎士、兵士さえも一人も連れていない。
そこにはジタンの意図が示されていた。
「無駄に死んではならない。」こと。
これからゆく村はすでにこの世界から消え去っている。
故に、村があった場所に行くという言葉が最も正しい言い方だろう。
これから立ち向かう者がおこなった破壊の結果である。
また、ジタンはそのものの正体を知っていた。
正体不明の魔物『オズマ』。
意志を持たぬ魔物だと思っていたが、実際は違うようだ。しかも、過去に倒したはずなのだが蘇っている。
勿論、またジタンはオズマを屠ってやるつもりである。
勝算は充分にある、自分は究極魔法『アルテマ』を修得し、最強剣を持ち、剣術もベアトリクスに引けを取らなくなっている。また、ガーネットも白魔法を全て修得し、古代の魔法さえ全て身に付けていた。
ベアトリクスも剣術にさらなる磨きをかけ、また、スタイナーからエクスカリバーをこの遠征の間だけ頂戴していた。
三人だけだがまったく負ける気はしない。そのため、普通の兵士や騎士には参戦させたくなかったのだ。あのオズマと戦えば必ず死者がでる。
様々な考えを巡らせるうちに問題の場所に着いた。
なるほど、何も残っていない。
あるのは破壊された家屋、瓦礫の山、オズマ自身が召喚したと思われるメテオの残骸だけ。
とりあえずここで、オズマの出現を待つことにした。
おそらく今日中には会うだろう、ジタンはそう思わずにはいれなかった。
その夜、ジタンの予言が当たることになる。球状の魔物オズマが姿を現したのだ。
しかし、前のオズマとは異なっていた。
言葉を発したのである。
「我・・・・、解放者・・・見つけたり・・・。」
ややくぐもった声だったが確かに声を発した。
「解放者?何のことだ、悪いがまた眠ってもらうぞ!」
ジタンが光の剣を鞘から抜き去りながら言う。
「我が復活を・・・、メテオ。」
ジタンがオズマに切り込む前に魔法が完成した。
巨大な隕石がジタン達を襲う。
「我らに仇なす力よ、消え去れ!願わくば光の加護があらん事を。」
ガーネットが素早く魔法を詠唱し、完成させた。
魔法の完成と共に光り輝く壁がジタン達を包み込む。
『シールド』と呼ばれる究極防御魔法だ。
オズマの召喚したメテオはこの防御魔法により無効化された。メテオは光の壁に接触すると塵のように消え去ったのだ。
その間にジタンはオズマに剣撃を浴びせる。ベアトリクスもまた同時に切り込み、オズマの生命力を奪っていった。
ガーネットもシールドを唱えた後、召喚魔法に切り替え竜王を召喚した。
強力なブレスがオズマ目掛けて吐き出され、焼き尽くす。
そして、止めとばかりジタンはオズマの頭上目掛けて剣を振り落とした。
剣は狙い違わずオズマの体に深く食い込んだ。
息の根を止めたのか分からないが、オズマはそこで沈黙する。
ジタン達はオズマを倒したものだと思いこみ、戦闘態勢を解く。
ややあっけなさを感じながら。
だが、悪夢はここから始まるものだとジタン達は知る由もなかった。
再び、オズマが声を発したのだ。ジタン達はすぐさま戦闘態勢に入る。
「我、解放者の手により復活せり。封印は解かれ、我が真の姿が晒すこととなり。」
「馬鹿な、息絶えてなかったのか?」
ベアトリクスが剣を構えながら言う。
「封印、真の姿?」
ガーネットが不安を募らせながら復唱する。
「何者だ!」
ジタンが気迫に満ちた声で聞く。
「我が名は・・・、ダークバハムート・・・。全ての闇を従え、全ての混沌を支配し、全ての光を否定するものなり。」
オズマと思われる者がそう言うと、眩い光を発し、姿を変貌させていった。
見守るなか、その姿は巨大になってゆき、翼が生え、最終的には漆黒のドラゴンになった。
「我が復活は成った、忌々しいクリスタルの封印は解け、力と意識を取り戻したのだ。」
「オズマは我が封印されし姿、仮の姿なり。そなたらが解放者故に我が封印に傷を付け、復活に至った。」
黒竜は翼をはためかせながら言う。
「一度目で、我が意識を取り戻し、先の戦いで封印そのものを破ってくれた。」
ジタンは黒竜の言葉に愕然とした思いを感じさせた。
自分は復活させてはならないものを復活させたのか?
世界を壊滅に導く手助けを自分はしたのか?
浅はかな自分の行動に腹を立て、悔やんだ。
しかし、今は後悔している場合ではない、責任を全うしこの者を消し去らなければならない。
たとえ、自分が死のうとも。
だが、これを口にしたら悲しむ人がいるため口には出さず、胸に秘めるだけにした。
「復活早々悪いが、アンタには消えてもらう!」
剣を構え、ジタンは言う。
「愚かな、暗黒を司る我に立ち向かうなどまさに甚だしい!貴様らには永久の闇にさまよってもらうぞ!消えよ、愚かな人間よ!!」
ダークバハムートはそこまで言うと天まで轟かせる咆哮をあげた。
「ゆくぞ!!」
ジタンはすぐさま魔法詠唱に入った。
「地水火風を司る精霊達よ、聖を守護する天空の神よ、闇を司る冥府の神よ。全てを凌駕する究極の力をここに示せ!」
ジタンの魔法は完成した。
究極の魔法の矢はダークバハムートを捕らえ、貫いてゆく。
だが、ダークバハムートはアルテマに気にすることなく魔法を詠唱していた。
「受けよ、我が奥義!」
ベアトリクスが剣に闘気を乗せ、横一文字に振るった。
剣の衝撃波がダークバハムートを直撃する。
しかし、ダークバハムートはやはり反応を見せず魔法を詠唱している。
「危険だわ!」
とっさに判断したガーネットが魔法を詠唱する。
「我らに仇なす力よ、消え去れ!願わくば光の加護があらん事を。」
魔法は完成し、光の障壁がジタン達を包み込んだ。
それと同時にダークバハムートの魔法も完成した。
「我、大地の怒りここに現せり、大地よ轟け、裂けよ、揺らぐのだ!」
完成と同時に大地が激しく揺れ始めた、そして激しさはどんどん増してゆき、地割れが発生した。
ジタン達は地面を転げ回り、体の様々な部分をしたたかうった。
地殻変動魔術には究極防御魔法はまったく作用せず、ジタン達は重傷を負う。
すぐさま、ガーネットとベアトリクスは『ケアルガ』で傷の治癒をおこなう。
その間再びダークバハムートは魔法詠唱を始める。
その上、ダークバハムートはジタン達の攻撃が届かない上空に飛翔した。
ガーネットはバハムート、リヴァイアサン、オーディンなどを召喚して応戦したが、一人だけの攻撃はあまりにも心許ない。
そんなとき、再びダークバハムートの魔法が完成した。
「自然ならざる魔力よ消え去れ。」
『デスペル』の魔法だった。ジタン達を守っていた障壁が消え去る。
更にダークバハムートは魔法を完成させた。
「地水火風を司る精霊達よ、聖を守護する天空の神よ、闇を司る冥府の神よ。全てを凌駕する究極の力をここに示せ!」
『アルテマ』だった。
無数の光の矢がジタンを襲い、致命傷を与える。ガーネット、ベアトリクスは完全に戦闘不能状態になり、ジタンも瀕死の重傷を負う。
「これで最後だ!!」
敗北間近なジタン達にダークバハムートは口を大きく開く。
「・・・負けるのか。」
ジタンが消え去りそうな声で言う。
そして、次の瞬間激しいブレスがジタン目掛けて吐き出される。
バハムートと同じメガフレアだ。
全てが終わった・・。
そう思った瞬間、メガフレアはジタンの目の前で反射し、ダークバハムートに返っていった。ダークバハムートは思わず苦しみの咆哮をあげる。
同時に額にルビーのような光り輝くものを付けた小さな緑色の生き物が姿を現す。
カーバンクル・・・。
もしや・・・、ジタンはある少女を思い浮かべた。
更に不死鳥フェニックスが現れ、ベアトリクスとガーネットの傷を癒す。
フェニックスの出現でジタンは自分の考えに確信をもつ。エーコが来ていることを。
だが、その後姿をあらわしたのはエーコとは似つかない美しい女性だった。唯一の共通点はその紫がかった髪だけ。
エーコと共に来た別の仲間かと思いきや、召喚獣は彼女の命に従い、姿を現したようだった。その証明に彼女の呪文で召喚獣達は異界に送還された。
「エーコじゃなかったのか・・。」
ジタンがぽつりと寂しげに言う。
だがその娘はその囁きを聞き逃さなかった。
「私がそのエーコよ!忘れてしまうなんて酷い!!」
ジタンにその娘は強く抗議する。しかし、娘の言っている意味がジタンには理解できず、頭を混乱させた。
「詳しくは後で話すわ、これよりも目の前の暗黒竜に集中して!」
自称エーコがそんなジタンに警告する。
「奴は幻獣界から追放され、更には幻獣神から封印されし者!暗黒を崇拝する邪悪竜よ!」
娘はそう言うと、召喚魔法を詠唱し始める。
「ほほう、幻界からの従者か。面白い、幻獣神から受け継がれし力をとくと拝見するとしよう。」
ダークバハムートが不敵な笑みを浮かべながら言う。
そして、娘の魔法が完成する。
「全ての法と秩序を司る裁定神よ、今ここに現れ聖なる裁きを下すのだ!」
魔法の完成と共に純白の翼をもつ、巨大なゴーレムのような幻獣が姿を現した。
その容姿は神々しさを感じさせ、また見るものを清らかな気持ちにさせられる。
(また逢えましたね・・・。)
ふと、ジタンの頭の中に声がかかる。
一度この姿を見ているジタンはこの声に驚きはしなかった。
(ああ、久しぶりだな・・。)
頭の中でジタンは幻獣に返答する。
(あなた方はここで負けるわけにはいきません、この暗黒竜は聖のみを弱点とします。
それ以外の攻撃はまったく無効・・・。故にあなたの直接攻撃、聖魔法『ホーリー』しか受けつけません。)
(悪いな、でもアンタもあいつに傷を負わせることができるんだろ?)
ジタンがアレクサンダーに聞く。
(無論です。ただ、倒すのは不可能です。あなたの技とそしてガーネット姫とエーコの二人がけ魔法が必須です。)
アレクサンダーがダークバハムート攻略の旨を手短に述べる。
また、アレクサンダーも彼女をエーコと言っているがジタンはまだ信じられずにいた。
しかし、一刻を有していた今ではそんなことを言っている場合ではない。
(では行きますよ)
アレクサンダーが最後にそう言うと美しい両の翼を広げる。
それと共に激しい閃光がアレクサンダーの目の前に集中し、更に輝きを増しつづけた閃光は一気にダークバハムート目掛けて放たれた。
「フッ、幻獣神自らの攻撃か、受けて立とう。」
ダークバハムートはそういい、漆黒の翼を身にまとい防御の体制に入る。
それを見た紫髪の少女は急いでガーネットに話し掛ける。
「今のうちよ、二人がけで『ホーリー』をかけるの!アレクサンダーが引きつけているうちに!」
「でもどうやって二人がけ魔法を・・・。」
ガーネットが躊躇しながら言う。
「アレクサンダーを一緒に呼んだことあるでしょ、要領はあれと同じ。それに『ホーリー』のルーンをうまく合わせるだけ。」
少女は簡潔に説明する。
ガーネットにはこの説明だけで充分だと分かっていたから。
「分かったわ、やりましょう!」
ガーネットが力強くうなずく。
「では、波長を合わせて・・。きっとうまくいくわ・・。」
最後に少女はそう言うと、二人が魔力の集中を始める。
その頃にはアレクサンダーの攻撃は終了し、ダークバハムートもその聖なる閃光からゆっくりと姿を現した。それと共にダークバハムートの巨体が地に落ちていった。
「くっ、思ったよりもあの召喚士の魔力が高い・・。だが、幻獣神召喚はもはや不可能なはず・・。今こそ我ブレスで焼き尽くし、喰らってやろう。」
ダークバハムートがそう言いつつ、口を再び開く。
「おっと、翼を失ったおまえなんてもう怖くはない。この剣で貴様を永久の眠りにつかせてやる!」
ジタンがダークバハムートの前に立ちはだかり言う。
「愚かな、消し飛べ。」
暗黒竜の口から燃え上がるブレスが吐かれた。
「地水火風を司る精霊達よ、聖を守護する天空の神よ、闇を司る冥府の神よ。全てを凌駕する究極の力をここに示せ!」
それと同時にジタンは魔法を完成させていた。
究極魔法が暗黒竜のブレスとぶつかり合い、そして相殺した。
「やったぜ・・。」
完全に魔法力を失ったジタンはその場に座り込んで言う。
「馬鹿な、究極魔法をこのようなことで使いおって。」
ダークバハムートはジタンの行為に嘲笑しながら言う。
「どっちがだ。お前は聖なる攻撃しか受けつけないんだろ、『アルテマ』の使い道をしてはこれが最善策さ。」
ジタンが疲れを見せながら不敵に笑う。
「もらったぞ、邪悪竜!!」
いつのまにかベアトリクスがダークバハムートとの距離を詰めていた。
すばやい剣閃がダークバハムートの腕、脚を切り刻み生命力を奪う。
だが、腕力に劣る彼女では硬い鱗に包まれているドラゴンに、致命傷を与えることができない。
しかし傷は塞がる事は無く、傷から止め処も無く血が溢れていた。
「おのれ、人間の分際で我を傷つけるとは!ならば容赦せん!我全力のブレスを受け、消し飛ぶがいい!!」
ダークバハムートが完全に激昂し、強力な魔力を集中し始める。
「やばいぞ、ガーネット、エーコ!まだ完成しないのか!!」
もはや、当人かどうかはどうでも良く、ジタンはエーコの名で呼んで二人がけ魔法を促す。
「完成するわ!退いて!!」
エーコが魔法完成を言い伝え、同時にベアトリクス、ジタンの避難を呼びかける。
「分かった!」
「心得た!」
ジタンとベアトリクスが了解し、すぐさまその場から離れる。
「天空を支配する神々よ、不浄なる地上に浄化の光をもたらせ。聖なる光で埋め尽くすのだ。」
二人同時に魔法のルーンを唱え終え、そしてダークバハムート目掛けて持てる魔力全てをぶつけた。
また、ダークバハムートの魔力集中も終了し、ブレスを吐き出そうと大きく口を開いた。
「消え去れー、ギガフレア!!」
膨大な魔力を込めたブレスが暗黒竜から吐き出された。
目標は目の前にいる目障りな人間ども。
狙い違わず、目の前のものが全て消し去るはずだった。
しかし、次の瞬間自分のブレスは一瞬にして青い光に飲みこまれ、自らもその光に晒されることとなった。
「馬鹿な、我が負けるのか?闇が光に敗北するのか?闇こそ誰もが持っている絶対的なもの!この世を混沌とした世界に回帰するまで・・・我は・・・。」
ダークバハムートの言葉はここで途切れた。
眩い光が彼の全てを包み込み、閃光が肉体を浄化していった。
ジタン達も余りにもの眩さに目を瞑り、すべては白一色になった。
しばらくして、魔力の波動は徐々に弱まり、閃光もゆっくりと消え去っていった。
ジタンはゆっくりと瞼を開け、戦局を見やった。
仲間たちもダークバハムートのいた場所を直視する。
ダークバハムートはまだ生きていた。
再び魔力を集中しようとしている。
そんな彼にゆっくりとジタンは近づいていった。
「もうやめろ、お前の負けだ。闇は真実ではない、無は誰も求めてはいない。生きることは大変だが、世界を消し去り無に返すことが根本的解決ではない。あんたが言う、混沌とした世界も俺は認めない。」
ジタンが剣を構えながら言う。
「フッ、では幻獣神に護られし王国の王よ、貴様は何をこの世界に求めるというのだ。光あるところに必ず闇があり、生きるものあるところには必ず死がある。」
「闇の部分を多く含む貴様らには、混沌の世界で住まうのが道理ではないのか?いつかは死ぬという結論があるのになぜ生きる?」
ダークバハムートはジタンに憎しみの眼差しを向けながら言う。
「俺が求める世界は誰もが人を助け合える世界。そして、平和を求める人間が破壊や混沌とした世界を誰も望まないし、生きることは結論よりもその過程が大事なんだ!」
「まったく愚かな、やはり消え去るべきなのだ!死ねい!」
ダークバハムートは言い終えるとジタンに向けてメガフレアを吐き出そうとした。
だが、それよりも早くジタンの剣は動き、ダークバハムートの首と胴を一閃で切り離した。
ダークバハムートはジタンの剣を受けてから、一瞬冷たく微笑んだような気がした。
しかし、それを確かめることは無く、暗黒竜の亡骸は一瞬にして消え去った。

その後、城に凱旋したジタン達は盛大な人々の歓声を受けることとなった。
今だ慣れない人々の歓声を受けながら、ジタンは城に帰還する。
もちろん自称エーコも連れてだ。
城の中で、エーコは様々な証明する品々を見せたり、昔の冒険話を語った。
さすがにそこまで言われると納得さらざる終えなかった。
「まったく、失礼しちゃうわ。何度言っても信じないんだから。」
怒りを露にしながらエーコは言う。
「だけど、幻獣界とこの世界との時間の流れが違うなんて、なかなか信じないだろ?」
ジタンがあやめながらエーコに言った。
「そうよね、しかもシンボルだった翼や角までなくなっているんですもの・・。」
ガーネットがジタンの言葉に賛同する。
「でも、驚きだよな、幻獣界ではここ物質界の2倍の速さで時間が進み、角や羽は子供の頃の魔力を制御するための補助的役割をしてたなんてな。」
ジタンが腕組みしながら納得している。
「でも、助かったわ。エーコが来なければきっと私達、敗北していたわ。」
ガーネットがエーコに感謝の意を表す。
「いいわよ、わたしもあの暗黒竜消滅を幻獣神から言われてたことだし、逆に私も助かったわ。」
エーコも頭を下げ、礼を言う。
「ところで、シドのおっさんには言ってあるのか?」
ふとジタンが思いついたかに言う。
「言ったわよ、それが約束だったしね・・・。もしかしたら・・。」
エーコがそこまで言うと、アレクサンドリア上空からけたたましいプロペラ音とエンジン音がいた。
「やっぱりね・・・。」
エーコが頭を抱える。
「まさに・・・か。」
「まさに・・・ね。」
ジタンとガーネットが苦笑しながら言った。
この後、物凄い剣幕でシド大公が姿を現すのに時間はかからなかった。
シドが登場した後、アレクサンドリアでは盛大な祝宴が行われた。
若き国王の戦勝に人々は歓喜し、アレクサンドリアの揺るぎない未来を確信し合った。
ガーネットもしばらく皆にもてはやされたが、ダークバハムートとの戦いで疲れているからと、先にその場から退出した。。
ガーネットは祝宴の場から離れた後、中庭に位置する噴水の前にいた。
止め処も無く吹き上がる水をぼんやり見つめる。
闇にはじける水の粒は月の光に反射し、煌きながら水に没する。
水面に浮かび上がっている月もまたゆらゆらと、波紋に合わせて揺らめく。
しばらくそうやって見ていると、ガーネットの隣に誰かが座る気配を感じた。
美しい金髪が月の光で淡く輝き、青い瞳はガーネットと同じく噴水を眺めていた。
「ジタン・・。」
隣に来たのが、ジタンだと確認するとガーネットは甘えるように彼に寄りかかった。
「疲れたね・・。」
ガーネットも噴水に目を戻し、言う。
「疲れたな。でも、これからもっと疲れるんだろうな・・。」
「それはもう・・。」
ジタンの答えにガーネットがくすくす笑い言う。
「ガーネットが今まで頑張ってきたんだ、今度は俺の番・・・。」
「頑張ってね・・・。」
「頑張るさ・・・。」
ガーネットを抱き寄せながら言う。
そしてガーネットは抱かれながら思う、この瞬間だけ、王女の立場を忘れたい。純粋にジタンの妻でいたいと。
ふと、ガーネットはジタンが噴水ではなく自分を見つめられているのを気づいた。
何故か心が高揚し、そして顔を赤らめるのが自分でも分かった。
「何、ジタン?」
ガーネットが噴水を見ながら聞く。
「ガーネット、目、瞑って。」
ジタンが言う。
ガーネットはジタンに言われるがままに眼を閉じる。
次の瞬間、ガーネットの顔の前にジタンが近づき、唇を合わせた。
「!!」
ガーネットはいきなりの暖かいジタンの唇の感触に驚き、一瞬肩をびくっとさせたが、噴水の水音が彼女の心を落ち着かせ、ジタンの鼓動がガーネットを安心させた。
このようなときが永遠に続くようにと、ガーネットは心の中で天空の神に祈らずにはいられなかった。
英雄王の伝説はまだ始まったばかり。これから様々な伝説を紡ぎ出してゆく序章でしか無い。そして築き上げた伝説は、悠久の時を越えても人々は語り継ぎ、もしくは書物に書き留めた。
クリスタルもまた、彼を永遠に祝福し、輝いた。
万物を創造したクリスタルは今もその自らの光をたたえている。
アレクサンドリアにクリスタルから護られし英雄王あり、その名はジタン。